開かれた岩戸

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 何度も転職をしてとうとう、地元の県に戻って来た。大学卒業まではよく遊びに来ていた地区も随分と変わっていた。だが、見覚えのあった駅がどうにもしっくりこない。この駅は、出張で時々来ることもあったのだが、こんな作りであったかという思いがぬぐえなかった。  その日、まだ明るい内に仕事を終えてエレベーターに乗り込むと、去年まで一緒に仕事をしていた人と一緒になった。いつもにこやかで親切なその人は、桜が残っていると思ったからであろう、海辺の公園にいくといいと教えてくれた。感染症の行動制限の始まった年にこの職場に移って来た私は、新しい職場の周囲を散策することもなく数年を経ていた。さっそく、教えてもらった道のりを進んだ。  開発はされていたが、ところどころに、かつて子どもの頃に家族で訪れた場所はここだったであろうというのを思い出した。そう、今、写真撮影を楽しんでいる人たちと同じように、私も桜の下で家族と撮った写真があった。その頃には想像もしなかったことばかりだった人生を振り返った私は、この場所で過ぎ去ってしまった時を惜しんだ。  夜からは雨の予報だったとおり、怪しくなる雲行きを心配しながら私は駅へ向かった。数多くのショッピングビルを進み、ビル群のコアとなる駅へと進み、はっとなって足を止めた。  〝なんだ、これ……〟  いや、正確には、これこそがかつての私の知っていたこの駅の姿であったと思った。吹き抜けの天井と回廊のような広場は、ガラス張りで光を取り込んでいる。転職して数年間のあの閉ざされた空間は、一体なんだったのか……。しばらくその場に呆然としていたが、はたと、自分は本来の場所へと戻って来たのだという思いがわき起こった。
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