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ヤギと虎
連絡先、交換しちゃった。
和泉の連絡先を渡されて、帰宅後。
早速紙に書かれたIDを打ち込んで、友達に「いずみ」が追加された。
ただクラスメイトと連絡先を交換しただけなのに、緊張する。
イルカの抱き枕を膝に乗せながら、足をバタバタさせてしまう。
最初のメッセージ、なに送ったらいい?
絵文字つけないと怖いかも?
そもそも、連絡先教えてもらってから追加するの早すぎ?
うだうだ考えていると、スマホの通知が鳴った。
メッセージは和泉からで、指先が勝手に通知をひらいてしまう。
『いずみです』
メッセージと一緒にトラのスタンプも送られてくる。
そういえば、下の名前は「虎」だっけ。
『八木です』
お返しに、ヤギのスタンプも送っておく。
すると、すぐに既読がついてドギマギした。
『お客さん来なくてヒマ』
『それならもうちょっと話したかったなー』
『いつでも話せるよ、店でも通話でも』
『電話してもいいの?』
『八木さんがいいならいいよ』
電話かあ…あの声で電話してくれるんだ。
ちょっと想像してしまって、それだけでむずがゆくなる。
抱えているイルカに一度顔をうずめてからメッセージを返した。
『おねがいします』
やっぱり既読はすぐにつく。
和泉から「OK」と書かれたスタンプが返ってきて、また心臓が跳ねた。
そろそろ出掛ける準備しないと。
自分に言い聞かせ、トーク画面を数秒眺めてからアプリを閉じた。
* * *
夏は、あっという間に過ぎる。
朝起きて出掛けたら、気づけば夜。
その繰り返しで日々を過ごしていたら、わたしの夏休みはのこり数日になっていた。
だって、高校生の夏休みはほんとうに忙しい。
友達と隣町まで出掛けてテキトーにブラついたり。
水着を買いに行って、その足で海まで行ったり。
家族とのでBBQでつい食べ過ぎちゃったり。
わたしの夏休みは楽しいに余念がない。
それと。
『何時から電話する?』
和泉と仲良くなったことも。
夏休みが楽しくなった理由のひとつ、かも。
和泉と連絡をとるようになって、二週間。
たまにメッセージのやり取りをして、お互いに時間が合えば通話する。
向こうがシフトに入っている日は、わたしから会いに行くこともある。
会いにいけば、暇な時間にギターを聞かせてくれる。
そんなゆるやかな日々が続いていた。
今日は和泉と電話する約束の日。
わたしは、ついにやけながらスマホの画面をひらいた。
「あ! 姉ちゃんがにやにやしてるー」
たくみがドアの隙間から覗いてくる。
昔は可愛かったのに。
弟のたくみが最近生意気になってきた。
「ちょっと、人の部屋勝手に覗かないでよ!」
小学生なんだから、そろそろ落ち着きなさいよ。
言うまえに、自分の口から小さい悲鳴が漏れた。
「あ、やば」
和泉とのトーク画面。
その右上にある電話マークをはずみで押してしまった。
ティロリロリン、と軽快なメロディが流れはじめて焦る。
『こんばんは』
和泉の声だ。
間違って電話をかけた、とは言いにくい。
手でたくみを追い払って、わたしはイヤホンをつけた。
『急にかけてごめん』
『大丈夫。ちょうど八木さんと話したいなって思ってた』
『何を話したかったの』
『んー。あんまり考えてなかったかも』
イヤホン越しに聞く和泉の声だ。
教室で聞く声とも、お店で聞く声ともちがう。
いつもより更に近くに彼を感じる気がして、特別嬉しくなる声。
わたしは和泉が歌う声の次に、この声が好きだった。
『そういえばね、明後日ライブ出るよ』
『え、和泉が? なんの!??』
『バンド。ギターボーカルで』
『え! すごい!!』
二回目の「え」が大きな声になって恥ずかしい。
リビングにいるお母さんたちに聞こえたらどうしよう。
『八木さんがよければだけど、来る?』
『行く! 行きたい!』
『ふふっ。返事はやいね』
電話の向こうでふにゃりと笑う顔が頭に浮かんだ。
頬に熱が集まってくる感覚が鮮明で、自覚すると余計に酷くなりそう。
『じゃあ、絶対来てね』
『うん、絶対行く』
終業式の日以来、聴いてなかった和泉の歌。
わたし、明後日に聴けるんだ。
その後の会話はよく覚えていない。
音楽の話とか、のこりの夏休みの過ごし方とか。
とりとめのない話のあと、『明後日、約束だからね』と最後に言った和泉の声が寝る前になっても耳から離れなかった。
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