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遠ざかっていく音
明後日が明日になり、いよいよライブ当日。
…なのに。まさかの雨。
それも天気予報によれば、一日中止まないらしい。
せっかくだから、完璧に仕上げて行きたかったのにな。
鏡で自分の全身をまじまじと見る。
今日履いたスカートはこの日のために買ったものだ。
丈はちょい短めだけど、このくらいいいよね。
髪の毛は編み込みで、毛先はゆるくカールさせて。
昨日の夜に塗った爪もきれいに塗れた。
頭のてっぺんから足の先までをじっくり見て、最終確認する。
大丈夫、ちゃんと可愛い!はず!
最後に、空中へ香水をプッシュする。
その下をくぐって、身体にフローラルな香りをまとわせた。
これで完璧。
そろそろ出掛けなきゃ。
リビングに降りると、たくみがシュークリームを食べていた。
わたしの服装を見るなり、囃し立てくる。
「あ、姉ちゃんがいつもよりオシャレしてる! 彼氏とデート!?」
「ちがう!!! 行ってきます!」
たくみの声を背中に聞きながら、靴を履く。
そういえば、ヒールの靴でも行っていいのか聞けばよかったな。
和泉とのトーク画面をひらこうとして、途中で止まる。
今頃リハーサルだろうし、連絡しても邪魔になっちゃうよね。
わたしは、そのままヒールのないブーツで家を出た。
* * *
やっぱり、雨なんて嫌いだ。
バッチリにしてきたはずの髪型がどんどんくずれていく。
湿気や風でせっかくのスタイリングは、みるみるうちに台無しになっていった。
目的地のライブハウスは、家から徒歩二十分の距離にある。
商店街のアーケードを突っ切って、さらに先。
イタリアンレストランの隣にある建物の地下が、当日の会場だった。
会場までは迷わずにたどり着けた。
でも、なんか怖い。
商店街は人気があったのに、この辺りは人通りがない。
それに、地下にあるのも敷居が高く感じてしまう。
目と鼻の先にある地下への階段。
そのすぐ脇には看板が立っていた。
近づいてみると、今日の出演者の名前が書かれているみたいだ。
連なっている名前の中に「IZUMI TAIGA」もあった。
スマホを取り出して写真を撮り、わたしはようやく階段を降りる。
和泉から事前に言われた通り、受付で名前を言えば通してもらえた。
ドリンクカウンターでジンジャーエールをもらって、重たい扉の向こう側へと入る。
わ、もうライブ始まってる。
人、人、人で密集している会場内と最大音量の音楽。
知らない人の頭越しに見えるステージでは、和泉がギターを弾きながら歌っている。
和泉、やっぱり歌上手いな。
授業中は寝てばっかりなのに。
照明に照らされて、キラキラしてて。
終業式の日に聴いた歌より、今日の方がすごかった。
音に迫力があって、全身に音楽が降り注いでくるみたいだ。
音楽に詳しくないわたしでもわかる。
きっと、和泉の歌はここにいる人達を惹きつける。
『聴いてくれて、ありがとうございました』
持っていたカップを見ると、ジンジャーエールの氷が溶けている。
ただじっと演奏を聴いていたら、いつの間にか全曲終わっていたようだ。
「よかったぞー!!」
「アンコールやれ!」
「円盤出せ、円盤」
歓声と拍手に包まれながら、ステージの脇へと和泉たちが消えていく。
会場の照明が消えた後、お客さんは一斉にアンコールを呼びかけた。
ここにいる何十人ものお客さんが求めている。
彼らの、和泉たちの音楽を。
アンコールの声と手拍子がだんだんと大きくなる。
しばらくして、もう一度ステージに照明がついた。
もう一度ステージに彼らが出てくると、一際大きな拍手が鳴り響く。
『アンコールありがとうございます!』
マイク越しに和泉の声を聞いたとき。
胸にせり上がってくる熱いものが、こらえきれなくなりそうだった。
なぜだろう、ステージに立っている和泉が遠い世界の人に見える。
これ以上、ここにいたらダメかも。
ほんの一瞬だけ、ステージにいる和泉と目が合った気がした。
でも、それも勘違いかもしれない。
わたしは重い扉をひらいて、地上への階段を早足で上る。
背中越しに聞こえる音楽は悲しいくらいにかっこよかった。
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