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キラキラの正体
アンコール中に逃げ帰ってしまったライブの日。
あの日以降、わたしは和泉と連絡を取っていない。
お店にも顔を出していない。
向こうから連絡が来ることもない。
気まずい。
別に、避ける理由なんてないのに。
なんとなく連絡ができなくて、顔を合わられない。
ずっとこんな調子だ。
夏休みは、友達とも家族とも遊んで満喫したのに。
唯一、和泉のことだけが気掛かりだった。
和泉とのトーク画面をひらいて、閉じて。
その繰り返しで、まったく何も変えられない。
結局メッセージを一文字も送れないままに、わたしの夏休みは終わった。
* * *
ついに始業式の日が来てしまった。
久しぶりに袖を通す制服と、もう聞こえなくなった蝉の声。
ほんのり涼しくなり始めた気温から、夏が終わってしまったことを実感する。
「あやね、朝ごはん食べないの?」
キッチンにいるお母さんがわたしを呼ぶ。
テーブルには、目玉焼きの乗ったトースト。
ものすごく、食べたい。けど。
「大丈夫! 遅刻するから行ってきます!」
さすがに起きる時間が遅すぎた。
鏡を見ると、目の下にうっすらクマができている。
我ながら、ひどい顔だった。
ギリギリに家を出て、走る。
間に合いそうだけど、ワンチャン遅刻するかもしれない。
それもこれも、全部和泉のせいだから!
理不尽に怒りをぶつけながら通学路を駆け抜ける。
走った甲斐あって、チャイムが鳴る前には間に合った。
教室には行かず、そのまま体育館へ歩く。
もう始業式は始まっているみたいで、校長がマイクの前で話していた。
遅れてしまったことがバレないように、こっそり自分のクラスの列にまぎれ込む。
「あやね、おはよ」
「ともちゃん、おはよう」
わたしに気づいたともちゃんが、小声で話しかけてくれる。
それを見たあゆも、こっそり手を振ってくれた。
わたしも手を振り返して、さも最初からいましたって顔でステージを見る。
あれ、もしかして和泉が来てない?
違和感に気付いたのは、校長の話が後半に入ってからだった。
クラスの人数がひとり足りない気がする。
よくよく見ると、和泉の姿がない。
…もしかして、わたしが一切連絡しなかったから?
根拠のないわるい予感が頭に過った。
向こうも気まずくなって、それで始業式を休んだとしたら?
わるい想像は膨らむばかりだ。
スカートの裾を握る手に力がこもる。
わたしには、和泉に顔を合わせてもらえないかもしれないことが怖かった。
『以上で、校長の話を終わります』
マイク越しに聞こえた声。
それを境に、体育館の照明が消えた。
真っ暗になった体育館は混乱した声で溢れかえる。
すると、今度は暗闇のなかでステージを光が照らした。
白い照明で照らされた体育館のステージ上。
そこには、男子生徒がギターを持って立っていた。
突然のことに全校生徒がざわめく。
わたしだけは開いた口が塞がらなかった。
「和泉虎…です。あとで怒られるんで、一曲だけお願いします」
ステージに立った和泉は、ぺこりとお辞儀をした。
彼の一番近くにいる校長は、和泉を止めようとしない。
怒りだしそうな先生もいたのに、校長に倣ってか和泉を止めようとはしなかった。
和泉の持つギターは、お店で見せてくれたアコースティックギター。
彼が弾きはじめた曲は、聞き覚えのあるフレーズで始まる。
あれは間違いない。
初めてわたしに弾いてくれた曲だった。
しっかりと芯があって、まっすぐで、優しい。
どこまでも透き通るような、きれいな歌。
和泉の歌だ。
そこで、ようやく気がついた。
ああ、そっか。
わたし、和泉の歌が好きなんだ。
和泉が歌うから、音楽がキラキラしてるんだ。
鳴らされるギターも、彼の歌声も。
スパンコールで彩られているみたいに、光を受けてきらめいてるように見えた。
曲が終わり、また頭を下げる和泉。
全校生徒が彼の歌を聴いて、拍手を送った。
先生たちは何人かが泣いているみたいで、ちょっと面白かった。
わたしは、制服の波をかき分けてステージへ駆け寄る。
どうしても、今伝えないと。
わたしを見つけた和泉は、ギターを床に置いて手を差し出してきた。
彼の手を取って、わたしはステージに上がる。
「前のライブでガッカリさせたから、今日がんばってみました」
「え」
「え、ちがうの?」
和泉は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
わたしが和泉の歌でガッカリするわけないのに。
「八木さんに聴いてほしくて、今日歌ったんだけど」
わたしのためだけに全校生徒の前で?
思わず吹き出して笑ってしまった。
ずるいなあ、和泉は。
「わたし気付いた。音楽も好きだけど、和泉虎の歌がいちばん好き!」
言った途端、目の前の顔がふにゃりと笑った。
その瞬間、歌だけじゃなくなってしまった。
そんな顔まできらきらしてる。
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