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おわりのはじまり
「ごめん! このことは絶対秘密で!!」
夏の炎天下、終業式後に起きたゲリラライブ。
即興のステージで張り裂けそうにシャウトしていた男子。
が、今まさに教室の窓から逃走しようとしていた。
* * *
最高気温を更新しつづける季節、夏。
日々上がる気温と比例して下がるモチベーション。
たまには太陽も休めばいいのに。
体育館に集められた全員が同じことを考えていたにちがいない。
校長も暑さに耐えられなかったのか、終業式のあいさつはすんなり終わった。
明日から夏休みかー。
一ヶ月ちょい、なにしよっかな。
課題は計画立ててやるとして…。
皆で海行くのと、キャンプと。あと花火もしたいな。
それと…なんか、夢中になれるものないかな。
考えながら、蒸し暑い廊下を歩く。
なんでもいいけど、おもしろいこと。
楽しいことが、したい。
とりとめのない考え事の最中、それは起こった。
曲がり角に差し掛かる瞬間。
視界の端に、なにかが映った。
通り過ぎようとして、後ろに下がる。
冗談みたいな光景だった。
いつの間にか中庭にステージがあって、楽器を持った生徒が立っている。
昨日までは無かったはずのステージ。
楽器をそれぞれ持った学ランの生徒数人。
それも全員が動物のお面で顔がわからない。
夏の暑さが、幻を見せているのかも。そう思うしかない。
でも、ちがった。
ステージ中央にいる、狐のお面をつけた彼。
彼がマイクに向けて歌いはじめた途端、夢から覚めた気がした。
風だ。頬を風が掠めていった。
鼓動が高鳴り、細胞のすべてが目覚めたみたい。
今のわたしは、生まれて初めての体験をしている。
洋楽、かな。
何言ってるか聞き取れないし。
知らない曲だし。
なんか叫んでる。
それなのに。
彼のボーカルに耳が集中している。
もっと聴きたい、とでも言うみたいに。彼の歌を拾おうとする。
いつも音楽なんてほとんど聴かないのに、この感じはなに?
ギターに呼応するように荒々しくなる歌。
叫び声のようなそれが一際大きくなって、演奏は止んだ。
あ、もう終わっちゃったんだ。
「おい! そこで何してる!」
教頭先生の怒鳴り声だ。
どうやら、彼らは見つかってしまったらしい。
「逃げろ!!!!!」
さっきまで凄まじい演奏をしていたのに。
一目散に逃げていく彼らはいたずらがバレた子どものようだ。
蜘蛛の子を散らすように、別方向へと走っていく。
するとそのうちの一人、狐のお面の彼がこちらに向かってきていた。
「え? え!?」
戸惑っているうちに、彼は廊下の窓から侵入してきた。
見覚えのある制服に校章。
うちの生徒みたいだけど、こんな人いた?
いや、でもどこかで見たことあるような気も…。
その時、狐面の彼と一瞬目が合った。
「あ」
「…ん? あれ」
なんとなく感じていた既視感。
その正体がやっと分かる。
「和泉…?」
「え、八木さん!?」
いつも授業中に寝ている男子。
和泉虎。
まさかの、隣の席の男子だった。
「おい! そこのおまえ!」
狐のお面をつけた和泉を、ついに教頭先生が見つけたみたいだ。
今にもお説教が始まりそうな勢いでこちらに歩いてくる。
「ごめん! このことは絶対秘密で!!」
それだけ言って、和泉は教室へ駆けていく。
未だに思考が追いつかない私を置いて、彼は教室の窓からきれいに逃走してしまった。
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