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付き合う実感が湧かないけれど、テディベアを貰ったあの日から、気になってた事が分かってスッキリした気分になった。
「 はぁー…… 」
「 急にどうしたの? 」
自分の感情を知って、小さくフフッと笑っていれば聞こえてきたクソデカな溜息に驚いて、視線を向けると彼は私の方を見てから、視線を外した。
「 此方は理性ギリギリを保ってるのに、お気楽で良いなって 」
「 へ?あー……なるほど? 」
「 分かってねぇな 」
分かってないような、分かったような…
そんな微妙な感じに、傾げていると彼は車に片腕を当て、私を見詰めてきた。
「 分かるよ!えっと、その…触れたいって事でしょう? 」
「 今触れたら…暴走特急まっしぐらだから止めておく。何一つ準備出来てないし 」
「 準備って? 」
暴走特急の意味が分からなかったけど、理性が切れるという意味合いならなんとなく察するけど、触れる程度に準備って何が必要なんだろう?と素朴な疑問を抱く。
「 コンドーム。買ってねぇから買っとく 」
「 コン……っ!? 」
ふっと息を吐いた彼が運転席のドアを開き、中へと入ったのを見て閉まってから、横に立ち怒ろうとすれば、エンジン音と共に窓は下がった。
「 今度のゴールデンウィーク。旅行に行かないか?でも、単純に行くだけじゃ無い。覚悟を決めて欲しい。…その覚悟がないなら、行かない程度の事は教えてくれ 」
「 覚悟…… 」
旅行に行くのは楽しそうだけど、それに覚悟と言われると一瞬キョトンとしてると、彼は真面目な顔をして告げる。
「 男と女、それ以上にアルファとオメガなんだ。初めてを貰う気で誘う。最初は地元でない、離れた場所の方が気兼ねないだろ 」
「 っ……そいうこと!? 」
「 分かったなら、考えていてくれ。おやすみ 」
「 おやすみ…… 」
一気に顔が熱くなるような感覚に、彼が窓を閉じたのを見てから、数歩後ろに下がると車は帰っていく……。
「( そうだよね、恋人になったから…するもんだよね…。うぅー……もっと先の話かと思ってた… )」
この2ヶ月が、普通に楽しくて忘れていたけれど…。
結婚前提と言うことは、勿論そういう事をするのも可笑しくはないはず。
全くの無知ではないからこそ、逆に恥ずかしく思えて、心臓が爆発しそうで仕方無かった。
家に帰ろうと道を歩いていると、背後から早歩きで足音が聞こえた為にちょっと驚いて振り返る。
「 ん!? 」
「 ……送る 」
「 あ……はい… 」
不審者ではなく樋熊さんだった…。
彼はそう小さく呟くと私の横を歩くけど、お互いにあの話をした後だから気まずい。
珍しく無言の空気が苦しい感覚がするけど、
風に香ってくる匂いとかは嫌いじゃないんだよね。
「 …じゃ、おやすみ。気をつけて帰って下さいね? 」
「 嗚呼…おやすみ 」
変な事を考えて、事故とかならなければいいけど…。
そんな不安を気にもせず、彼は背を向けて車を止めたコンビニへと戻っていく。
部屋に入るなり、自分の布団の上でジタバタと悶ては、旅行に必要なものやそれの時に行う初めての事とか、ネットで書かれてることを見てると増々意識してしまう。
「 普通に旅行…。楽しもう…… 」
心が決まるまでトークは進まなかったし、夜に通話がない程に彼は、ちゃんと私の事を考えてくれてるのだと思った。
___2日後。
心が決まれば" 旅行、行きます "というメッセージを伝えれば、着替え一式と普段使う薬ぐらいは忘れないようにと返事が来た。
そして、約束の6月3日。
「 お母さん、7日ぐらいまで帰ってこないけど大丈夫? 」
「 大丈夫よ。行ってらっしゃい、楽しんでね? 」
「 うん…分かった。行ってきます 」
何度も何度も確認して、お母さんにも旅行カバンの中を見てもらったから、ピクニックの様なヘマはしない。
けど、お母さんが心配だから其れだけが不安だけど、誰よりも応援してくれるから、今は素直に喜んで行こうと思う。
黄色のリボンのついた大きめなツバをした帽子を被り、半袖だけどしっかりとUVカットのロング手袋は指の先まで隠せるし、ネックウォーマーで首回りも完璧防いだ。
しっかりとお母さんと握手をしていれば、時間通りに扉がノックされた。
「 はーい 」
明るく返事をして玄関の扉を開くと、そこに立っていたのは、紺色の立ち襟ジャケットを羽織りVネックの白シャツに首にネックレスを掛け、シンプルな腕時計を着け、ベージュ色をしたスリムテーパードパンツを履いてる樋熊さんが、迎えに来た。
相変わらず何を着ても似合うけど、かなり庶民に合わせて来た格好は嬉しく思った。
「 荷物持とう。こんにちは、菜乃花さんのお母さん 」
「 あ、ありがとう 」
「 あら、こんにちは。今日はなのちゃんをよろしくねぇ 」
何気なく言われたから肩掛けの旅行カバンを差し出すと彼は受け取って、それを肩に担いでお母さんの方へと向き合うと僅かに頭を下げた。
「 改めてお付き合いをさせて頂いてる。樋熊 護留と申します。この度は、旅行の許可ありがとうございます。責任持って安全に家まで送り届けますので、安心してお過ごしください 」
「 ふふ、小さい頃のまーくんもしっかり者だったけど変わらないわねぇ。護留くんなら、なのちゃんを任せられるよ。此方こそ、娘をよろしくお願いしますね 」
「 もちろんです 」
「( あれ、お母さん…最初から知ってたから、家に招いたのか…。オメガの嗅覚すご…… )」
嗅覚なのか、それとも見た目で分かったのかは分からないけど…
樋熊さんと会うことに何一つ反対しなかったのは、そういう事なんだと察した。
「 沢山話したいことはあるけど、今は時間がないでしょうから行ってらっしゃい。なのちゃんも、しっかり楽しんでね? 」
「 うん!楽しむ!行ってきます 」
「 では、行ってきます 」
さらっとお母さんとお付き合いしてる事も報告したし、この人の真面目な部分には感心する…。
お母さんに手を振ってから、玄関先に置いていた日傘を手にしてから、車の方に向かう。
「 おや、運転手さんがいる 」
「 嗚呼、今日はな。電車に乗るから、後で車を自宅に戻してくれる人が必要なんだ 」
「 なるほど、はっ…!電車!楽しそう! 」
狐塚さんでは無かったけど、紳士的な若い男性が待っていれば、彼は樋熊さんから荷物を受け取るとそれをトランクに乗せてから、私達を中へと招いた。
「 飛行機や新幹線も考えたが、景色を見ながらの移動もいいと思ってな 」
「 うん、殆ど他県に行くことないから、普段と違う景色が見れるのは嬉しいよ 」
電車で移動ってだけで、ご当地のお弁当とか食べれるのかなって思うと楽しみでしかない。
ちょっと子供の様に浮き出したっていれば、彼は笑みを零す。
「 今日まで通話をしなかった分、生で聞く声はいいな 」
「 ……う、そうかな 」
「 嗚呼、なーちゃんの声を聞くと元気になる 」
ドコが!?と思いそうな声を止めて、恥ずかしくなって視線を窓の方へと向ける。
後部座席にはプライバシーガラスがあるけど、内側からだと外がしっかり見えるから気にならない。
紫外線まではカットしないだろうから、帽子は外せないだろうけどね。
「 樋熊様。菜乃花様。お気をつけて行ってらっしゃいませ 」
「 嗚呼、ありがとうな 」
「 ありがとうございました… 」
普段来ない駅に辿り着き、荷物を受け取れば彼も旅行カバンを持ってる為に、自分の分は自分で持つ。
「 さて、行くか 」
「 うん! 」
運転手さんが乗った車を見届けては、彼の掛け声と共に駅へと向かった。
改札口を通ることなく、その横にある駅員さんが立ってる方に行くと、何やら会話した後にそのまま通り過ぎた。
お金はいいんだ?と考えるも、人混みに揉まれないように彼の後ろを着いていくと、あることに気付く。
「( アルファだから、自然と人が避けてる…!すごっ! )」
ベータやオメガだともみくしゃになるだろうけど、アルファが通るだけで、本能的に避けてしまうのか、ぶつかり掛ける事すらなく、道が開かれていく。
流石!と心の中で拍手しては、ホームへとやって来た。
「 脚は大丈夫か? 」
「 うん、大丈夫だよ 」
「 ならいい 」
ホームに辿り着いてから問われた事に軽く首を振ってると、ここに来るまでにあることを思い出す。
「 はっ……!! 」
「 どうかしたのか? 」
両手でしっかりと持った旅行カバンの肩紐。
それから手を離して、自分の身体を触るけど…
あるものがない。
「 日傘を…、車内に忘れた…… 」
「 流石に予備は持ってきてなかったな…すまない。気が付かなった 」
「 まーくんが謝ることないよ… 」
日傘があると涼しいからちょっと嬉しかったのだけど、流石に取りに行くことも出来ずに肩を落とした。
「 そろそろ予定の電車が来るからな…何処かで買うか 」
「 それが一番かも…ごめんね、やっぱり忘れ物した 」
「 別にいい。また買えばいいだけの話だ 」
目の前の事しか見れない性格、なんとかならないかなって思っていれば、目の前で電車が過ぎても彼は動く事は無かった。
少しすれば、車掌さんみたいな方がやって来る。
「 樋熊様でしょうか? 」
「 嗚呼、はい 」
「 遅くなり申し訳ございません。本日はお越しく下さってありがとうございます。菜乃花様と共に、良い旅をお連れします 」
「 ふぁ…… 」
紳士的な対応に感動していれば、彼は小さく期待していると言葉を漏らした。
「 えっと、よろしくお願いします 」
「 はい。もちろんでございます。お荷物をお受け取りましょう 」
「 ありがとうございます… 」
渡していいのかと迷ったけど、車掌以外にも二人程男性がやってくれば、彼等に荷物を渡す事になった。
「 間もなく列車が到着します。七両目なので此方でお待ちください 」
よく周りを見れば、私達以外にも老人夫婦やお金持ち風の夫婦や家族連れ、其々に案内役のような人達が連れ添っていた。
周りの人達は何事?みたいな雰囲気だけど、車掌さんは定位置へと立てば、今日に乗り込む列車がやって来た。
「 来たぞ 」
「 ふぉ……かっちょぇ… 」
晴天の陽射しを浴びて輝く、黒のメッタリックボディー。
真四角のボロボロの電車とは違って、何処か新幹線みたいに前側が長い列車は、ゆっくりと私達の前へとやって来た。
余りにも乗らないような電車…いや、列車だから感心していると、扉は開く。
「 足元にお気をつけてお乗りくださいませ 」
「 はい 」
乗務員に案内され、ゆっくりと乗り込んでいれば大声が聞こえてきた。
「 菜乃花お嬢様!! 」
「 ん? 」
あれ?今私の名前?と思っていると、走って来たのは運転手をしてた彼。
手には、見覚えのある日傘を持っていた。
「 嗚呼…。態々ありがとうな 」
「 はぁ…いいえ。大切なものでしょうから 」
先に入ってしまった私が下りるのは申し訳なかったけど、まだホールに居た樋熊さんが受け取ると、呼吸を整えた彼は改めて笑った。
「 では、行ってらっしゃいませ 」
「 ありがとうございます!これ、まーくんから貰ったものだから凄く嬉しいです。ボーナス多めに貰ってね 」
「 えぇ、もちろんです 」
「 まぁいいけどな… 」
安い日傘より、高い日傘の方が見た目も良くて信頼もある。
そんな事を言われて貰ったニつ目のプレゼントだから嬉しかった。
樋熊さんも乗り込んだところで、乗務員さん達に案内され、右側の窓際のソファチェアに座る。
「 ほぉー…すご…! 」
列車内は高級感溢れる内装でちょこんと座っていれば、背後から軽く笑う声が聞こえて来たから振り返る。
「 なーちゃん、そこに座るよりまず…もう一つの方に案内したいのだが? 」
「 そうですね。まだ風景を見る場所には通りませんので 」
「 そうなんだ…… 」
なんか恥ずかしくなってしまえば、彼は緩く笑ってテーブルを挟んだ前の席へと腰を掛けた。
「 まぁ、都心を見てもいいかもな 」
「 うん、そう思う 」
私一人が恥ずかしくないように、敢えて座ってくれた事に感謝していれば、列車はゆっくりと走り始めた。
「 では此れより、3泊4日の列車の旅を御案内します。体調に優れない時やお飲み物や小腹が空いた時なのど、お気軽にトレインクルーの方にお伝え下さい 」
「 3日4日…も、列車の中? 」
「 いや、流石にリゾートホテルにも泊まるし、観光地にも行くが、移動はこれで行うってだけさ 」
「 ほぅ、すご……てか、お客さんは私達だけ? 」
此処には女性の乗務員さんが2人、男性の乗務員さんが2人、いや他の車両に行ったから1人しかいないけど…。
今は、私達しかいないように思えて傾げると彼は頬杖を付いて答えた。
「 7両目は貸し切ってるが、他の車両には沢山の人がいる 」
「 そうなんだ…、なら良かった 」
全車両貸し切りなんて思ったら申し訳ないけど、それなら少し安心した。
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