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高級列車の旅。 なんてドキドキするんだろうと、変わる景色を眺めていれば、彼はそっと帽子のツバに手を掛けて外した。 「 え…… 」 「 俺が事前に伝えてるから、紫外線カットのシートは貼られてる。そうだろ? 」 「 はい、100%カットしていますので、安心して楽な格好にしてもらって大丈夫ですよ 」 態々私の為に、そんな手間すら掛けてくれたことに驚くけど、その優しさが嬉しい。 「 お気遣いありがとうございます。慣れたら外しますね 」 「 畏まりました 」 外に居ると如何しても完全防御の癖がついてるから、急に外せと言われても不安になる。 ロング手袋の下は少し治ったとはいえど、アレルギー反応があった赤い斑点みたいなのは残ってる。 それを直ぐに晒す気にはなれず、帽子だけ取られたままで過ごす事に決めた。 「 飲み物を貰っていいか? 」 「 もちろんでございます。此方がメニュー表になります 」 二人分の黒いノートのようなメニュー表を差し出されると、値段は書かれてないまま品だけが連なってる。 「 この…オリジナルお菓子の詰め合わせ…すごく気になる… 」 「 ご当地限定のお菓子をたくさん詰め合わせた物です。お持ちしましょうか? 」 「 お願いします。飲み物は…お酒がある 」 「 好きなだけ呑むといい 」 「 今はいいかな…。あ、じゃ…… 」 メロンサイダーを注文すれば、横では昼からお酒を注文していた樋熊さんにちょっと驚く。 お酒の方が、喉が渇きそうなのに…。 「 ここもいいが、こっちに来てみろ 」 「 ん? 」 なんだろ?と思って席を立った彼に合わせて、少し後ろにある壁にある扉の前に立つ。 「 手を翳してみろ 」 「 うん?分かった 」 そういえばこの車両…半分程度の広さしか無かったから、ちょっと違和感があったんだよね。 なんだろ?と疑問に思い、手を翳してスライド式の扉が開くと、その光景に驚く。 「 ふぁ……すっご… 」 そこはまるで高級ホテルのスイートルーム。 メゾネットタイプの内装には、L字型の白いロングソファがあって、壁を挟んだ半分には広いベッドすらある。 それもベッドの足元が窓になってるから、寝転がりながら、風景が見れる仕様だ。 「 こっちの方が良くないか? 」 「 良いかも知れない…! 」 さっきの場所も良かったけど、こっちの個室の方が他の人達が居ないから、断然いい。 天井が高いから圧迫感もないし、寧ろ列車内なのに広々としてるように思えた。 「 本当に列車内なのかな…?すごいね 」 「 列車旅なんだ。揺れで尻が痛くなるなんて…考えたくないだろ 」 「 確かに… 」 電車ってかなり揺れるイメージだったけど、此処は揺れどころか音も少ない。 それがまた列車内だとは思えないけど、他の電車よりゆっくり走ってるように思えるから、風景もしっかり見れる。 フカフカのソファへと腰を下ろせば、彼もまた横へと座った。 なにか仕切りがある訳でも無いから、一瞬心臓が高鳴る。 「 飛行機でさくっと県外に行って観光地を巡るのもいいかと思ったが、フル装備の奴を暑くなってきたこの時期に歩かせる訳にもいかないからな。それに脚を痛めてるから、これにしたんだ 」 「 …嬉しいよ。ありがとう 」 確かに、長時間歩くことは出来ない。 ハイキングとか山登りとか、そう言うのもしてみたいけど、それはまた足首が治ってからじゃないとダメだろうね。 今は、こうして涼しい場所で座ったまま楽しめる方がいいのは事実。 「 お待たせしました。メロンソーダとスパークリングワインになります。此方はお菓子の詰め合わせです 」 お菓子の詰め合わせというから、てっきり袋で来るのかと思ったけど、大きめのバケットにぎっしり入ってるのを見て、この旅の間分じゃないかなって思った。 「( と言うか… )メロンソーダ…メロンが乗ってる… 」 「 果汁100%のメロンと果実に、僅かに高炭酸を入れたものです 」 「 すご…… 」 着色料が入ってないメロンソーダに驚くも、メロンが突き刺さった横にバニラアイスが乗ってるのを見て、気分が上がる。 長めのスプーンを手にすれば、トレインクルーの方は、直ぐに離れて出ていく。 「 いただきます… 」 「 乾杯しないか? 」 「 え、あ、する! 」 メロンソーダでもいいなら、と思っていればワイン瓶の蓋を開けた彼は、グラスに注ぎ入れ、そのキラキラと輝く飲み物を持って、向けてきた。 「 恋人としての初デートに乾杯 」 「 再会にも…乾杯で 」 「 それもいいな。なーちゃんに再会出来て良かった 」 「 私もだよ… 」 カンッとグラス同士が当たると綺麗な音が響き、 気恥ずかしい台詞にちょっと笑ってから、改めてスプーンでアイスを掬って口へと運ぶ。 「 んふっ!?凄く美味しい! 」 「 良かったな 」 「 うん!これが本当のメロンとソーダ… 」 メロンの砕いた果実も食べていれば、ワインを二口ぐらい呑んだ彼は、バケットの中を探ってお酒に合いそうなお菓子を取れば、それを開けて口へと運んだ。 「 とろっと溶けたバニラアイスとメロンの果肉がよく合うからさ、ちょっと食べてみて 」 「 ん 」 一緒に食事をする癖で、掬ったそれを向けると何事も無く軽く口を開けて、食べた彼は小さく傾げた。 「 まぁまぁだな 」 「 またそういう…( てか、これ…… )」 彼が咥えたそれをもう一回容器の中に突っ込む気にもなれず、自分の口に含んで舐めた。 「 ぶっ!ごほっ、ゴホッ!! 」 「 ちょっ、なんで急に吹き出すの!? 」 お酒を呑もうとした彼が、軽く吹き出せば驚くと、アルコールが気管に入ったのか、水より酷く咳き込む様子に心配になる。 「 ちょ、大丈夫? 」 「 ゴホッ…ゴホッ…。あぁ、いや…想像の斜め上を行くなって… 」 「 え、あー……まぁ、うん… 」 ポケットからハンカチを取り出した彼は、何気なく口元と防いだ事で付いた左手を拭く。 そのハンカチはもう使わないだろうなって思ってると、 案の定ソファから立ってベッドの方へ向かった。 「 いや、なーちゃんらしくて面白いなって思っただけさ 」 そっち側に渡したカバンがあるんだ?と思えば、彼は新しいハンカチをズボンのポケットに入れながら戻って来る。 「 じゃ、まーくんならどうするの? 」 「 俺か?俺なら…… 」 持っていたスプーンは引き抜かれ、片手でアイスとソーダを付けた彼は、問答無用で私の口へと突っ込んだ。 ちょっと驚いていると、スプーンの向きは逆さまになったから自然と舌の上で擦るようになる。 「 ん??? 」 美味しいけど、これのなにが違うのだろうかと疑問そうにしているとゆっくりと口からスプーンの先が外れる。 その途端、口端から垂れる唾液に驚く。 「 んっふ、ごめ……。テッシュ、あ、ハンカチある 」 「 ………… 」 だらしない所を見せてしまったと戸惑い、自分の服を探って、桜模様が施されたハンカチを持てば口元を拭く。 何故か硬直してる彼に視線を上げると、顔を背けて額へと手を当てていた。 「 ……暴走特急が、暴走新幹線日本列島縦断の旅になるところだった 」 「 なにいってんの………え、何言ってんの?( ちょっごめん、理解出来なくて2度言ってしまった )」   「 はぁー……なんでもない 」 流石に意味分からな過ぎて、ちょっと冷めた視線を向けてると、彼は深い溜息を数回した後持っていたスプーンをワインの入ったグラスの中へと突っ込んで、数回掻き混ぜた。 「 っ!?なにしてんの、えっ?? 」 私の唾液ベトベトのスプーンで何してるのかと戸惑うと、それを抜いてからソーダの中へと突っ込み、何食わぬ顔でワインを呑み干した。 「 俺ならこうする…ってだけさ 」 「 ……そうですか、変態なんですね 」 「 男は皆、変態だろ 」 当たり前のようにさらっと告げた彼は、空になったグラスにワインを注ぎ入れる。 「 ……( 私ならしないな… )」 本当にこの人は社長だろうか…。 そう思う程の行動の数々に、何も言えなくなる。 少し沈黙になり、溶けたアイスによって白濁してきたメロンソーダを全て飲み干せば、新たなメニューを開く。 「 そろそろ昼だね〜。なにがいいかな 」 「 昼飯は、さっきの場所で食うから…呼ばれるまで待てばいい 」 「 そう?分かった 」 此処では食べないんだ?と思うけど、メニュー表を見てるだけでも新鮮な気分になれるから嬉しい。 この期間にお酒以外は全部制覇しようかな、そんな事を考えてるとノック音と共にトレインクルーの女性が入ってきた。 「 お寛ぎのところ申し訳ありません。お食事の準備が出来ましたので、良ければお越しくださいませ 」 「 ん…昼飯だって、良かったな? 」 「 うん! 」 彼と出会ってから、食事をするのも一つの楽しみとなってる。 だから大きく頷いて、一緒に先程の場所へと行き、ソファチェアに腰を掛けると、直ぐに料理が並ぶ。 「 車内にある竈で焼いた、前菜はマグロとアボカドのサラダになります 」 「 まさかのコース…… 」 お皿すら綺麗で高級感あるものだから、サラダから出てくる事に驚いたけど、彼が食べ始めたのを見て、小さく手を合わせて食事を始める。 「 続いて、春野菜のキッシュロレーヌでございます。此方はほうれん草のポタージュです。そして… アシ•パルマんティエです。此方はA5ランクの熟成和牛を使用してます 」 ゆっくりと食べているはずなのに、次々と出て来る料理の数々に、ちょっと圧巻された。 それに細かく説明される料理に、半分ぐらいは左から右へと流れて出る。 完全に慣れてる彼は、余り聞く耳を持つことなく料理と景色を同時にこなしてるから、凄くこなれ感がある。 なんか6品目辺りから、お腹いっぱいな気はしたけど、残すのは勿体無いからなんとか食べた。 「 デザートにお米のプディング 苺ソース添えとクレームダンジュでございます 」 「 ふむ……ありがとうございます 」 また見たことないデザートが片方にあると思って眺めてから、スプーンを持ってクレームダンジュとやらを掬い、口へと運んだ。 「 あ、レアチーズケーキ…凄く美味しい 」 フワフワでバニラの香りや、中央から溢れ出るカスタードクリームが濃厚で美味しい。 レアチーズケーキみたいな底の部分は無いけれど、食感がかなり楽しいデザートだった。 どれも美味しくて、自分が作る料理より華やかだったから、凄く研究にもなる。 こういう見栄えなら、確かに食欲がそそると思うものの数々だったからね。 「 んー…いっぱい食べた 」 個室の方へと戻って背伸びをすると、何も無かったテーブルの上にはアフタヌーンティーが置かれていた。 それも、どれも旬の果物を使ったものばかりだ。 「 美味しそう…… 」 「 お腹いっぱい、みたいな雰囲気してなかった? 」 「 デザートは別腹!いただきます 」 一番下はイチゴやメロン、そして夏ミカンなどを使ったフルーツサンドイッチ、中央はゼリー系で、一番上はつまみやすいケーキ類。 「 ん〜うまっ…。はっ、なにこれ…幸せか!? 」 「 ふっ、随分と小さい幸せだな。まぁ、喜んでもらえたならいい 」 味覚障害があるから、常に100%の果物のジュースを飲めるのは嬉しい。 苦味もないし、嫌な感じも一切無く飲み物が飲めて料理やおやつが食べれるのは嬉しかった。 「 見て、果てしなく海が綺麗…! 」 「 嗚呼…そうだな。御前の方が果てしなく綺麗だが 」 「 何言ってんの… 」 「 浮かれポンチなだけさ。気にしないでくれ 」 美味しものを食べて、綺麗な景色までも楽しめるなんて、本当に贅沢なゴールデンウィークのデートだ。 後、いつにも増してまーくんがバカになってるのは、ツッコまない方がいいのだろうと察した。
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