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色んな酒を嗜む樋熊さんを放置して、ベッド方に寝転がって風景を見たり、前の車両に行ってちょっとしたおやつを食べて、
彼より忙しなく動いていると、個室に戻った時に風呂上がりの姿に遭遇した。
「 ふぁっ!? 」
「 先に入った。檜風呂だぞ。風呂から上がったら5両目に来い。待ってる 」
「 あー…分かった 」
ちょっと驚いたけど服装が、スーツの中に着るようなワイシャツに変わってるから事前に言われていた服装に着替える必要が有るみたい。
「 お風呂……はっ!?あったんだ… 」
この個室の奥に、それは存在した。
広々と脚が伸ばせる程の檜風呂に感動して、カゴに脱いだ服を入れては、中にはいる。
流石に此処には、顔辺り分の窓しかないけど、それも今は閉まってる。
うん、閉まってていいと思いながら先にシャワーを浴びて、身体や髪を洗ってから浸かった。
「 ふー……ん、いい香り〜 」
両手を伸ばし、温度すら丁度いい風呂を堪能しては、檜特有の香りを楽しむ。
何気なく横にある冊子のついた戸を僅かに開くと、夜過ぎて何も見えなかった。
「( この辺りは田舎っぽいね…何も見えないや )」
残念だと肩を竦めて、湯船から立ち上がっては脱衣場の方で身体を拭く。
「 ドレスを受け取ったけど…これでいいのかな… 」
ドレスと言ってもパーティー用でもない、ディナー用のドレス。
その薄黄色をしたのを眺めていると、壁を叩くノック音と共に女性の声が聞こえてきた。
「 お嬢様、御支度の手伝いに来ました 」
「 お、お嬢様!? 」
トレインクルーの人達は、そんな呼び方をしないから驚けば、此方が許可をする前に入ってきた。
「 !!? 」
「 護留様に頼まれましたので 」
「 只のディナーとは思ってはなりません!さぁ、さぁ!私達にお任せよ!! 」
「( どういうことー!!? )」
バスタオルで前を咄嗟に隠したけど、二人組は問答無用でそれを剥ぎ取ってしまった。
誰かに着せ替えをされるなんて、小さい頃にお母さんにされたっきりで、それ以降の記憶はない。
恥ずかしさと戸惑いで、プチパニックを引き起こしてる私を余所に、樋熊家に仕えるメイドさんみたいな彼女達は、テキパキとこなしていった…。
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〜 護留 視点 〜
初めて出会ったのは、俺が7歳の頃だったな。
まだ都心で暮らしてない、遠く離れた地方に住んでいた頃、アルファと言うだけで特別視をされ、
成績が良く無ければクラスメートから色々言われ、何かしら学校に馴染めず不登校気味だった頃に。
自宅の2階から外を眺めていると、小さな女の子が俺の家の花壇を眺めてる様子に気付いた。
最初は只見ていたのだが、左右を確認することなく道路を横切って、反対側の民家に向かっては、また何かを思い出したのか、こっちに来る様子に焦りを覚えた。
「 なにしてんの? 」
急いで、けれど平常心を保って家にある門を開けてから、出て行って問い掛けるとクリームかかった銀色の長髪をした女の子は、俺を見ることなく花、ではなく…花壇の中を覗いては告げる。
「 ちょうちょさん、ぱたぱた、しゅてるから…どうしょーかな、って…。いまね、なーちゃん、ちょうちょさん、ちりょーしてるの 」
「( 何言ってるかさっぱりわかんねぇけど…蝶がいることは分かった )」
3歳ぐらいの子供との会話なんて成立する訳もなく、とりあえず理解出来た範囲で確認しようと同じところを覗き込めば、今にも死にかけの蝶がいた。
モンシロチョウだろう…。
小さなそれは、弱々しく翅を動かしているが、周りには蟻が数匹群がっていた。
この子供を見えると、その蟻を葉っぱで取っては、別の花壇…それも離れた向かいの花壇に持って行ってることが分かった。
「 オマエは…ちょうをたすけたいのか? 」
「 うん…! 」
「 ……でも、アリにとって、ちょうはゴハンだぞ 」
「 ちょうちょうさん、ゴハン? 」
なんで?とばかりにこっちをしゃがんだまま見上げてきた子供に、俺はその目の色と視線が重なった瞬間、胸の奥が締め付けられた気がした。
「( 今の…なんだ?? )」
ドクドクと脈打つ心臓に戸惑っていると、子供はちょうの方へと視線を戻す。
「 アリしゃんの、ゴハン……とっちゃだめ… 」
「 あ、あぁ…。アリにもゴハンがひつようだ。ちょうを家にもって帰って、みんなで食べるんだ 」
「 みんなで…ゴハン…… 」
ゴハン、と呟いた子供は、腹の虫を鳴らした。
その音と共に肩を竦めて落ち込む様子を見て、呆れると言うよりどうすればいいのか悩んだ。
「 おやつ…食いにくるか? 」
時間的に15時過ぎ。
おやつの時間には丁度いいかと思って問えば、子供は顔を上げた。
「 いいのぉ?でも…ママが…しらないひとには、おやちゅもらったら、だめです。いってたから… 」
「 俺とオマエは、今知りあった。もう…知らない人じゃないだろ? 」
「 おとももだち? 」
「 そう、おとももだち。……お友達さ 」
両親も仕事で居ないし、家には俺以外は誰もいない。
使用人も時間外だから来てないこともあり、子供一人招くぐらいどうってこと無い為に、招いたんだ。
家の前の道路を往復されるよりまし…そんな気分で。
なんか土で汚れてる汚い手を洗わせ、部屋に上がらせてからローテーブルの置かれてる場所に座らせてから、冷蔵庫にあるものを探る。
「 これでいっか… 」
それを一旦洗ってから、置かれていたものと小皿を持って、側へと行く。
「 ほら、食えばいい。イチゴ 」
「 ふぁー…!いちゃごっ…! 」
ぱあっと明るい表情を見せた事に、またあの心臓の鼓動を感じては、それを誤魔化し小皿に練乳を絞る。
「 つけて食べる。ほら… 」
苺のヘタを取り、練乳につけて渡そうとすれば手を出すことなく、先に口へと含んだ。
「 んぅ……!おぃ、ひっ…! 」
「 ……そうか、良かったな 」
大粒の苺は、小さな口では入り切らず軽くかんで先の方しか食えてないが、苺の甘さと練乳とで、美味しかったのだろう。
小さな手で苺を掴んでは、自ら練乳を付けた。
「 あー…… 」
「 俺も??あ、あぁー…… 」
向けられた苺に、こんな事をするなんて絶対に無いが…。
自分より年下と言う事もあり、仕方なく口を開けて含んで食べれば、苺の味がしない程に恥じらいを感じたんだ。
「 おいちー? 」
「 う、美味いけど……。自分で食っていいから 」
「 んっ!! 」
半分ほど減った残りをもう一度、練乳をつけて食べる様子に、最早練乳が好きになったのでは?と思ったが、俺は気にせずその様子を見ていた。
5粒程あった苺を食べきった後には、果汁と練乳でベトベトになったから、拭くのが大変だったな…。
「 あーもう、むり!ほら、立って。手を洗いに行くぞ 」
「 うん、いちゃごっ…おいしゅかった…!ほうぃくてんで…たべたことありゅ…から、おいしゅかった! 」
「 そう、美味しかったなら、また食わせてやるからとにかく洗ってくれ… 」
俺には兄弟は居ないし、両親が新しく作る様子も無かった。
跡取りのようなアルファが生まれたら十分。
そこにベータやオメガでも生まれたら嫌なのだろう。
アルファ同士の両親だからこそ、プライドがあったと…子供心に知っていた。
手を洗い終えた後、リビングのカーペットの上に座らせてから、皿を片付ける。
まぁ、シンクに置くだけだが…。
「 そう言えば…オマエ、名前は? 」
「 んー……なーちゃん、ちゃんちゃい 」
3歳のはずなのに、手は4歳になってるから…
多分3歳なんだろう。
理解したように頷き、前に座ってから答える。
「 俺はひぐま まもる 」
「 くましゃん…まーしゃん…? 」
「 ……ま•も•る…な? 」
「 まーしゃん…! 」
「 ……せめて、まーくんにしてくれ 」
「 まーくっ! 」
まーくん、その方がクラスメートからも言われてたし、返事しやすいから頷いた。
その日は、4時半ぐらいまで部屋の中に居させて、
外で5時のチャイムによる音楽が流れてくれば、絵描きをしていたなーちゃんは、顔を上げた。
「 かえりゅ、じかん…! 」
「 そうだな、送るよ 」
家、知らないけど…。
まぁ、知ってるから外に出てるのだろうと思って、片付けを後回しに連れて行くことにした。
「 お、まて…!道路ははしるなよ! 」
門から出た途端に一直線で走り抜けようとしたのをなんとか止めれば、なーちゃんは疑問そうにしながら掴んだ手を見つめた後笑顔を向けた。
「 わ、かった…! 」
「 通る必要あるのか? 」
「 うん、なーちゃんのいえ…あしょこ! 」
小さな指先を向けたのは、俺の目の前の家だった。
「 あー……そう、なんだ…… 」
通りで行ったり来たりするわけだ…。
なるほど、と納得してから左右を確認して、前の家に行く。
「 もう、帰れるな? 」
「 うん!まーくっ、ばぃばーい 」
「 あぁ、ばいばい 」
" ばいばい "……なんだろうか、すげぇ……嫌。
その心の中に渦巻くモヤを感じつつ、家に入って行く様子を見届けた。
なーちゃんが家を出るのは、保育園のバスが停まった後。
大体3時過ぎだと言うことが分かった。
それは丁度、俺が小学校から帰って来た後か、その前だから、頻繁に顔を合わせる事が増えた。
俺からも迎えに行くし、なーちゃんの方からも家に遊びに来ていた。
「 保育園で、おやつ食べて帰ってきたんじゃないか? 」
「 んー……べちゅ!これはぁ、まーくっとたべりゅから、ほうぃくてんは、みんなと、たべりゃかは…ちがうぅんだよ…? 」
「 それは言い訳だろ…まぁいいや、食えよ 」
なんか、俺と遊ぶというより…
俺の家のおやつを目当てに来てるって感じだが、
一緒に入られるなら、如何でも良かった。
出会ってから2ヶ月ぐらいして、なーちゃんの母親がいたタイミングでおやつを食いに来てる事も話したが、それはなーちゃんから聞いてたらしく笑顔を浮かべていた。
これからも宜しくね、そう言われたから遊ぶ事が認証されたんだ。
小学校が休みの土日には、なーちゃんを早くから呼んでから家の中で遊んでいたり、お泊りだってしたことある。
一緒に風呂に入って、同じベッドで眠った。
「 なーちゃ、いなくて…まま、しゃみしゅく…ないかな… 」
「 なーちゃんがさみしくなったわけ?オレがいるじゃん、いやなの? 」
「 んん……!まーくっ、いたら…さみしゅくない… 」
広いベッドなのに、お互いに真ん中に寄ってるからなーちゃんは俺の方に擦り寄って来た。
妹が出来た…そんな感じだと思って、抱き締めて眠りにつく。
俺の家に来てる使用人達も、なーちゃんの事を気に入って良くしていたし、家族ぐるみで夕食だってした事ある。
だが、俺が9歳になる前の…3月頃。
別の場所に引っ越すことになったんだ。
父が、祖父の会社を継ぐために…
都会に行く必要があった。
子供の俺には、それを拒否することなんて出来なかったんだ。
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