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言えなかった… だから、当日の別れる日しか…言えなかったんだ。 「 やぁやっ……!まーくん、いっちゃ、やぁーや! 」 「 なーちゃん… 」 遠くに行って、離れる事を知ったなーちゃんは腰にしがみついて、涙と鼻水が分からないぐらいぐしゃぐしゃの顔で、何度も首を振っては服へとそれを擦り付けてくる。 「 なのちゃん、だめよ…。護留くんが困ってるからね 」 「 やぁー、いやぁー……!!まーくん、と、ずうっと…いっしょやもん…! 」 「 俺も…なーちゃんとずうっと一緒にいたいよ…でも、無理なんだ… 」 「 うぇぇ…… 」 泣いてる姿を見ると、転けて怪我した時を見た日より、かなり胸が痛む。 アルファがここまで気に入る子供… 少なからず、お互いの両親はそれを知ってたから無理矢理には止めようとはしなかった。 振り返ると、少し眉を下げてる両親を見て、飛行機の時間が迫ってるのだと気付く。 「 なーちゃん…なーちゃん、俺を見て 」 「 うぐっ…… 」 準備していたのを何気なく使用人から受け取れば、背中に持ったそれを前へと向ける。 「 ふぇ…… 」 少し焦げ茶色に青いリボンをした、テディベア。 子供にとっては両手で抱くには丁度いい大きさを見せれば、鼻先や目元が赤いなーちゃんは、ぬいぐるみに目を奪われた。 「 これを、俺だと思って大事にしてほしい。くまのまーくんだよ 」 「 くましゃん……まー…く、ん……? 」 「 そう、まーくん。よろしくね!なーちゃん、オレを大事にしてねっ 」 ちょっと家族の前で言うには恥ずかしいけど、涙を止めるには其れだけの演技が必要だった。 テディベアの片手を動かして挨拶すれば、なーちゃんはそっと手を伸ばす。 「 なーちゃん、です……よろしゅく、ね…… 」 ぎゅっとテディベアを抱き締めたなーちゃんを見て、そっとポケットからハンカチを取り出して目元を拭いてから、視線を重ねる。 「 また帰ってくる。その時…俺のお嫁さんになってくれる? 」 「 ……なーちゃん…およめしゃん……?まーくんの…? 」 「 そう、約束 」 小指を向ければ、なーちゃんはそれを小さな手で握り締めて、小さく頷いた。 子供同士の約束事かも知れないが、今はその約束を胸に、俺は離れることが出来る。 「 およめ、しゃん…なりゅ……から、まってる… 」 「 うん、待ってて…必ず、戻って来る。迎えに来るから… 」 額へと口付けを落とせば、涙に濡れた睫毛を落とし、目を閉じたなーちゃんを見てから、そっとお互いに手を離した後もう一度テディベアと共に抱き締めた。 「 絶対に…約束、守るから 」 「 ぅん………いってらっしゃい…まーくん… 」 「 行ってきます。なーちゃん 」 このままずっと引っ付いていたい…。 そう思いながら、なんとか離れた後…両親が呼んでいた車へと乗り込んだ。 窓の外から何度も手を振っていると、なーちゃんは離れて行くのが嫌なのだろう、俺の方に走り出そうとしたのを母親は止めていた。 角を曲がった先で、俺は我慢の限界で泣いていた。 「 うぅ……なーちゃん…… 」 離れなくは無かった…。 一緒に過ごす日々が楽しくて、嬉しくて…。 どうしてそんな感情になるのか分からないまま、 辛くて苦しかった。 「 そこまで、御前が気に入った娘なら…ちゃんと誠意を持って嫁に迎えるといい。俺等は…否定しない 」 「 はい…… 」 父は、そう言っただけで他に何も言わなかった。 中学校に入り、アルファとしての雰囲気が増えた頃、ベータや希にいるオメガの好意を知っていたが、何一つ揺らぎはしなかった。 夏休み、無理を言って使用人にあの家に戻らせて貰ったが、そこにはもう…なーちゃん達はいなかったんだ。 「 あの、この家の人…どうしたんですか? 」 「 あー……九條さんかい?離婚したんじゃ…だから奥さんは、遠くに引っ越したらしいよ 」 近くを通りかかった老人の言葉に、戸惑って驚いた。 「 どこに住んでるか…分かりますか? 」 「 んん…そこまでは、聞いてないね…すまないねぇ 」 「 ……いいえ 」 後に、使用人に何処に住んでるか調べさせたが、 短い頻度で転々としてる為に、余り行き先は掴めなかった。 遠く離れてるのが分かるほどに、この県にはいないな…という感覚があった。 もう、俺を忘れてるかもしれない…。 子供の頃約束なんて…無かったようなもの…。 其れでも諦めきれなかった俺は、恋人を作ることも、結婚を考えることもしなかった。 なーちゃんが身体が弱く、直ぐに熱を出したり、皮膚病で苦しんでるのを知ってたから、医者になりたかったが… その道すらも親によって絶たれたから、俺の存在意味を失っていたんだ。 同じ事の繰り返しの毎日…。 唯一、仕事終わりにコンビニやドラッグストアなどで、アイスを買うのが日課になっていた。 「 くまのアイス買ってこい 」 「 好きですねぇ、それ…。まぁ買ってきますよ 」 なーちゃんが好きだったアイス、それを頼めば狐塚は、いつもより遅く買ってきた。 「 ほら、買ってきました。そう言えば、新作の皮膚病の薬ありましたよね。上げていいですか? 」 「 いいが…誰にだ? 」 急に後部座席を探るから、何かと思いつつアイスの蓋を開け、スプーンで掬ってから食っていく。 かき氷と練乳の層の上に、苺の刻んだのが乗ったアイスは、この時期に食うには少し寒いが、食ってないと気が済まないから口へと運ぶ。 「 あった……よし…、後はニキビ用と…牡蠣エキスサプリかな 」 「( 皮膚病か……なーちゃんも、苦戦してたな…今なら、治せるだろうが… )」 狐塚がブツブツと呟く様子に、ぼんやりとそんな事を考えて、前へと目線を向けるとコンビニから出て来た女の姿に、一瞬硬直した。 「( ………は?? )」  3、4歳の頃しか分からなかったが… 店の明かりで光った髪色は、黒や茶色、金髪には見えなかった。 狐塚が話し掛けた事で、振り返ったその姿を間近で見たくて、近寄ったんだ。 「 何だ、個人的宣伝か? 」 「 それもありますが…単純に、お困りだったようで気になっただけです 」 「 ほぅ…… 」 目線を僅かに落としていた女が、俺の方を向き目があった瞬間に、心の中で出会った当時のような感覚を思い出した。 あぁ、やっと会えた……。 だが、なーちゃんは忘れてるようだったから、思い出してくれるまで、距離感を置きながら一緒に過ごしていた…。 テディベアを好きになっていたり、その中に上げたクマが綺麗に置いてあったり…。 相変わらず苺が好きな様子やら、昔と変わらない面影に、彼女が呟く問題など如何でも良かった。 俺は可愛いことを知ってる。 両親が否定出来ないぐらい、菜乃花では無いと結婚しないと言ってるから、諦めているんだ。 後は… なーちゃんがあの日の様に頷くだけ……。 「 お嬢様、此方でございます 」 「「 ふぁ…………!!! 」」   樋熊家の使用人に、菜乃花をここにいる誰よりも綺麗にしてくれと頼んでいたが、座っていた他の客達はその姿を見て息を止めた。 俺もまた……時間が止まったように、 釘付けになったんだ。 「 あ、はい……( あんま見えない… )」 シャンパンベージュのAラインの総レースである前ミニ丈であるカクテルドレス。 首にはレースチョーカーを程し、肩は出てるが、肘丈の袖で腕の方もカバー出来る。 ミニ丈だが、刺繍が施されたレースとなってる為に柔らさと軽やかさがある。 まるで、そこに花が咲いたような印象に、誰もが釘付けになっていれば、 使用人の案内で俺の席まで来た彼女を見て、立ち上がってから椅子を引く。 「 どうぞ 」 「 ありがとうございます… 」 もう一度、自分の席に座って彼女を眺めれば、 普段の顔を貸すようにある黒縁眼鏡は外され、軽くマスカラで睫毛は上がり、口元は艶のある口紅が施されていた。 それだけの簡単なメイクなのに、こんなにも綺麗になるなら、元々可愛いのは事実だろう。 「 びっくりしちゃった…。急に、御風呂に入って来たから… 」 「 驚かせてすまなかった…。でも、今夜は一段と綺麗で可愛くなってる。俺の為に…ありがとうな 」 「 っ……しかた、なくね… 」 常に伸ばしてる時とは違い、綺麗に編み込まれた髪には、控えめな花や葉の装飾がついてより一層鮮やかに見える。 長い睫毛が影を落とし、ちらっと俺の方を向いてはまた逸らす様子が、可愛くて仕方ない。 「 失礼します。前菜のスモークサーモンとチーズのマリネをお持ちしました。菜乃花様には植物性のチーズで作られていますので、安心してお召し上がりください。そしてイチゴとアボカドのサラダでございます 」 「 ありがとうございます… 」 一つ一つに御礼を言うなーちゃんが可愛いなと眺めていれば、トレインクルーはシャンパンを持ってきて、確認をしてきた。 「 お呑みになられますか? 」 「 あ、呑みます…。いいよね? 」 「 嗚呼、どうぞ 」 旅行中なんだから好きなだけ呑めばいいと頷けば、シャンパングラスへと注がれる。 それをお互いに持てば、視線上げてきたなーちゃんと合わせて、軽く当てる。 「 乾杯 」 「 かんぱい…… 」 照れてる様子が本当に可愛いなと眺め、一口呑めば、彼女もそっと呑んだ後に眉を寄せ口元に手を寄せた。 「 んっ、凄いね……。すっごく久々に呑んだ…美味しい 」 「 そうか、なら呑み過ぎないようにな 」 「 うん、気をつける 」 俺達が会えない間、いつの間にか酒が美味しいと感じる年齢になったんだな…。 少し会えなかった期間が寂しいとは思うが、これから二人の時間を埋めていけばいい。 「 おいしっ……! 」 「 そうか?なーちゃんの手料理の方が美味いよ 」 「 うっ…それは今はいいから…。ちゃんと料理を味わって 」 「 味わってるさ…。綺麗な彼女を見てると、食事の味がしなくなるだけな 」 「 くっ…キザめ…… 」 少し眉間にシワを寄せた姿すら可愛いと微笑んでは、食べた後に少しして運ばれてくる新たな料理を口にし、お互いに静かに会話をする。 カトラリーの使い方について気になったが、何一つ言う必要はない程に上手く出来ていたんだ。 「( そう言えば…高校が、そう言ったマナー授業もある場所だったらしいな…。一緒に通えたら…だめだ、きっと虫を排除していく事になりかねない )」 俺は少し年上で良かったかもしれない…。 そう思うぐらい、年齢が近ければこんなにも余裕は無いだろう。 きっと、彼女に嫌われるのは目に見えている。 ゆっくりとした食事とお互いの小さい頃の話についての花が咲き、楽しい一時を過ごさせて貰った。 「 いっぱい、食べたし…のんだー! 」 個室に戻るなり、ハイヒールを脱いで疲れたのかベッドの方に行く様子を見て、少し息を吐いてからその背を追いかける。 「 途中のお肉のメインも良かったけど、やっぱりデザートかな…なんか苺多いんだよね。旬だからかな?好きなの多くて嬉しかった! 」 俺が事前に伝えていた物とは知らず、嬉しそうにする様子に、胸が高鳴る。 「 なーちゃん 」 本当はファーストキスもそれ以上も、思い出に残る場所がいいと、色々計画していたけど…。 綺麗な彼女を前に、何もしないほど出来た男じゃない。 自ら髪を解いていた彼女の前へと行き、片膝を付き見上げた。 「 君を喜ばせた彼氏に、ご褒美が欲しい。ダメだろうか? 」 触る許可を…… どうか、俺にくれないか。 向けた片手を見て、運命の番が触れ合う事の意味を知ってる彼女から、笑顔が消えて一気に色白の頬を赤く染め上げた。 あぁ、本当に…可愛いな。 「 ご褒美……え、と……。そうだね……。ありがとう 」 昔より大きくなった…けれど、俺にとって小さな手を、恐る恐る手の平へと指先を滑らせて、触れてきた。 背筋に当たる痺れを感じ、酷く……心が踊る。 ずっと触れたかった、それが嬉しくて手を握り返し、立ち上がるのに合わせて引き寄せる。 「 おっ、あ…… 」 「 なーちゃん…好きだ。ずっと昔から…君の事が一番好きだ。誰にも渡したくない…。考えるだけで腹が立つし、気に入らない。それに離れてる時期が凄く寂しかった…。これからはその時間を埋めるように一緒に居たい。…この想いを受け取って欲しい 」 驚いた彼女へと、真っ直ぐな視線を向けて答えれば、僅かに視線を泳がせるも俯いた後に小さく頷く。 「 私も、まーくんが…すき……。これからもずっと…貴方の、傍に居たい… 」 子供同士の約束…。 彼女はその全てを覚えてないかも知れないが、それでも良い。 何度でも想いを告げれば良いだけなんだ…。 顔を上げた彼女の額から目尻に触れ、そっと輪郭をなぞり顎に触れる。 「 …ん…本当に綺麗だ 」 「 っ……あり、がと…… 」 照れたように俺の服の裾を掴む其の手が、また控えめに震えていた。 分かってる、俺も緊張してるさ……。 しっかりと眺めから、そっと顔を寄せた。 君に捧げたかったこの思いを… その小さな身体で全て受け止めてくれ。
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