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片付けを終えて外に出れば、玄関先で待っていたのはあの男のみ。 「 あれ…狐塚?さんは…? 」 「 女性だけの部屋に入れないとか言って、車で待つことにしたらしい 」 「( 何と言う紳士!!この人も見習えよ )」 狐塚さんの行動は当たり前過ぎる対応だが、目の前の男には、入らない。と言う思考は全く無いらしい。 何故、其処までして入りたいのか分からないけど… 出来れば、早々に帰って貰いたい。 「 そうですか…じゃ、どうぞ 」 「 嗚呼 」 部屋の汚さを見れば、彼の様な良い立場の人は、幻滅して帰るに違いない。 中へと招くと、シンプルながらに棚とかに溢れた物が置かれてる室内に、彼は余り口を開かなかった。 「 お邪魔する 」 「 えぇ、どうぞ。ゆっくりして行ってね 」 リビングにある椅子に座って頷いたお母さんに、ちょっと呆れるが、仕方ない。 私が男性を連れてくるなんて、これまで無かったから楽しみなんだろう。 そう言う緩い部分を持ち合わせてるから、しっかりして欲しいと思ってる。 「 リビングはあれなんで、とりあえず…私の部屋の方にどうぞ 」 母が居る場所で話す気にもなれず、リビングと隣の部屋を過ぎ、風呂場の向かえにある扉を開ける。 本来なら物置のスペースだが、私の部屋として改造してる。 だから6畳程度しかない。 「 テディベア……? 」 「 クマのぬいぐるみ好きなんで、まぁ…全部中古なんですけどね。子供っぽいでしょ 」 敷布団にはテディベアの柄であり、其れが二つある枕とセットである。 カーテンは遮光一級カーテンを使ってるから、紺色の無地だけど、其れ以外に置かれてるぬいぐるみは全てテディベアだった。 「 別に…好きならいいんじゃねぇか 」 「 そう…あ、適当に座ってください。座布団とか…そういうの無いんですけど 」 布団の掛布団を少し整えて伝えると、彼は部屋の殆どを占領したセミダブルのマットレスに踏むことなく、僅かにある床の部分に腰を下ろした為に、私は布団の上に座り直す。 「 それで、部屋まで入って来て…何用ですか? 」 初めましての人を家に招くことはほぼ無い。 よっぽど電気やガス屋さんなら分かるけど… それ以外の人が来ないから、何となく違和感がある。 というか、違和感しかない。 「 御前、恋人居ないだろ?この部屋を見る限り、恋人を連れ込んでるとは思えないが…それに、リビングまであった母親の匂いがしなくなった 」 「( 人様の部屋の匂いを嗅がないで… )」 犬の様に密かに鼻先を鳴らし、辺りを見渡して告げた言葉に、流石にアルファを騙し切れない事に溜息が漏れる。 「 そうですね…。居ませんよ…居るって言ったら、引いてくれると思ったんです 」 「 番が居なければ引きはしないが… 」 軽く組んでいた脚を緩めた彼に、余りそのまま座るのが得意では無いのだと思った。 「 え…引かないって何でですか…? 」 と言うか、この人…普通に図々しいな…。 よく社長なんて、と思うけど…こういう人が社長に向いてるんだろうね。 周りから何を言われても、気にしない性格みたいな…。 「 俺は結婚どころか、番に興味はなかった…だが、目の前に運命の番がいるなら話は別だ。構わないと言ってる 」 「 へ?え……それって私と結婚するって言ってるんですか? 」 「 嗚呼、嫁に来い。不自由な暮らしはさせない 」 真っ直ぐ見詰めてくる表情は、巫山戯たような雰囲気は一切無い。 だが、余りにも唐突な事過ぎて理解が追いつかないんだ。 「 いやいや、待って下さい。好きでもない人と結婚するんですか?運命の番って理由で 」 「 金さえ有れば、好意なんて後からついてくるだろ。見たところ貧乏だろ?なら金持ちと結婚出来て損はないと思うぞ。病院だって好きなだけ連れて行ってやる。飯だって何でも食わせてやる 」 この人にとって【運命の番】とは、都市伝説が目の前にあるだけの、好奇心でしかない。 確かに、私も恋とか愛は分からないけど…。 そう言った理由だけで、結婚はしたくない。 「 私は珍獣じゃないんですよ 」 「 噛まれたことのないオメガなんて、似たようなもんだろ 」 「 …………… 」 ごもっとも過ぎて何も言えなくなった。 私は、アルファやベータに比べたら絶滅危惧種であり、男性は特に珍獣みたいなもの。 男でありながら孕んで産む事が出来る。 あぁ、そうだ……。 オメガにとって一番重要なことを忘れていたと思って、少し恐怖心を感じながら左側の袖を掴み口を開く。 「 確かに…オメガは珍獣かも知れないけど、私は…出産する気はないですよ。子供、嫌いなんで 」 「 奇遇だな。俺は子供はいらないと思っていた。もう32歳だ。男は30過ぎると子に奇形が生まれる可能性があると聞いたのもあるし、初めから跡取りは気にしてない。社長候補の部下なんて幾らでもいるからな 」 「 ……アルファなのに、子供いらないなんて 」 「 それこそ偏見じゃないか。アルファは別に子供が欲しくて居る訳じゃない。本能的に孕ませたくなるだけだ。嫌なら…お互いに薬を飲めばいいだろ 」 アルファの薬は、Ωの発情抑制薬より強力な物が多い。 興奮しない、勃起しない、射精しても精子は不能だったりする。 それを一年ぐらい止めたら、元に戻るらしいけど… お互いにそれを飲み、尚且つ避妊用も服用するなんて…。 「 いい案とは言い難いですね。アルファが思ってる以上に、オメガの身体って脆いんですよ。肉体的•精神的なダメージがあるのは、私は避けたい…。 只でさえ、アトピー性皮膚炎でストレスですし… 」 今だって服を脱いで、さっさと薬を塗って眠りたいのを我慢してる。 というか、おにぎりも食べたい。 だけど、彼が引こうとしないから我慢して話をするしかないんだ。 「 なら俺だけ服用すればいいだろ。現に、運命の番…ましては番のいないオメガの部屋に居ても、冷静を保っているんだ。褒めて欲しいほどだな 」 「 あぁ、そう言えば…。でも、それって私がオメガらしくないってだけじゃないですか。発情期(ヒート)なんて来たことないし 」 「 無いのか? 」 「 無いですね。試してみますか? 」   都市伝説の中には、運命の番同士触れ合うだけで発情すると聞いた事があった。 だからこそ、発情なんてしない…。 その確信があったから右手を向ければ、少し手を出した彼は、引っ込めた。 「 …止めておく。もし発情した際…この部屋は壁が薄すぎるからな 」 「 明確な判断だと思いますよ 」 初めて連れてきた男性を、その日にお母さんがいる側で変な声を聞かせたくない。 それこそ気持ち悪いし、私が逆の立場なら生理的に受け付けないだろう。 それだけ、他人…特に身内の行為なんて見たくないし、聞きたくもない。 「 ……兎に角、俺は子供は居なくていい。作りたくないと言うならそうする。…他に、気になる点や嫌な事はあるか? 」 「 嫌な点は多々ありますけど… 」 まず、傍から見たらかなりのイケメンなんだろうけど… 私の好みではない。 傲慢な態度も気に入らないし、所々に一言多い部分も嫌だ。 「 一番は…。私がアルファが嫌いだということです。父がアルファだったらしいけど、お母さんは…只遊ばれて捨てられた人なので、それを知ってるから嫌いです 」 アルファと言うのは、発情期だと言い訳して… 誰構わず手を出すと言う印象でしかない。 そんな相手と一緒になったところで、オメガ特有の浮気されたら下手したら死ぬ、なんて状態にはなりたくない。 子供がいらないというが、100%の避妊の保証はない。 其の中で、偶々生まれたら…薬を服用してる間の子は奇形が生まれやすいから、きっとアルファは捨てるだろう。 特に彼は、表向きに有名な人みたいだから不出来な子はいらないと言いそうだ。 「 …この家に父親がいない時点で察して居たが、俺もオメガは好きじゃない。発情期を使ってαを呼び寄せる者も居るからな。媚びへつらう者ばかり見てきた…だが御前は、そんな事無いから気になるんだ 」 果たしてそれは本心なのだろうか…。 その言葉の中に、俺は浮気しない。と言う断言が無いから視線を無意識に外してしまった。 「 そんな事を言われても…私は貴方と結婚する気はないし、番にもなりません 」 容姿が綺麗では無いのもあるが、やっぱり立場が釣り合わない。 急にオメガの番を連れてきた、なんてマスコミに言っても笑い者になるだろう。 それを考えると、足首が治るまで…貧乏でも構わなかった。 「 そうか、分かった 」 「 はい……え?? 」 分かった、と言うからてっきり諦めるのかと思ったけど、徐にスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた事に困惑していれば、彼は可愛らしいシーツカバーが取り付けられてる布団の上へと寝転んだ。 「 今日此処に泊まる。俺が手を出さなければ、薬の効果があると判断して、付き合ってくれ。初めは恋人からでいい 」 「 何言ってるんですか!帰ってください。外に待たせているんでしょう!? 」 「 そんなの連絡すればいい 」 布団に匂いが付く!そう思って掛布団を引っ張ろうもすれば、仰向けになった彼はズボンのポケットからスマホを取り出し、通話を掛けた。 「 あ~俺だ、先に帰ってくれ。解散でいい。今日は此処に泊まることにした 」 " へ?あ~……そうなんですね " 「 違います!勝手に言ってるだけです!連れて帰って下さい! 」 狐塚さん!どうか、この図々しい男を連れて帰って説教の一つでも言ってあげてください! 懸命に否定したけど、他者の言葉より上司である社長の言葉は絶対だとばかりに、通話越しに彼は答えた。 " 一度決めたら絶対に変えない人なので、諦めてください。社長をよろしくお願いしますね " 「 無理ですって…! 」 …なんでこうなったんだろう。 そう思うぐらい、落ち込んだ。 「 また明日、早朝に迎えに来てくれ 」 " 畏まりました。お疲れ様です " 「 嗚呼、お疲れ 」 ハシゴで酒を呑んだラストみたいな別れ方に、 いいのだろうかと疑問に思った。 「 とりあえず、狭いけど風呂入ってください 」 「 早朝入る。俺はもう眠い 」 「 …………なら、床で寝て下さい 」 私の布団が汗と貴方の体臭で臭くなる! だから、布団から下りろ!とばかりに掛布団を引っ張れば、仕方ないとばかりに床の方へと転がって移動した。 「( 製薬会社の社長を床で寝かす…いや、敷布団だから似たようなもの )」 床にはそれとなくマットが敷いてあるし、この時期は寒すぎないから大丈夫だと思う。 とりあえず私は、一旦リビングに戻って薬を試してみた。 「 おぉ、痒くない……。と言うか…服脱げないじゃん… 」 外出着はあれだから、冬に使っていたふわふわのルームウェアに着替えてから、おにぎりを食べて、歯磨きをしてから部屋に戻った。 何故か知らないが、男は自らの両手首をタオルで縛り、目隠しすらしていた。 アホじゃないだろうか、この人は…。 「 触りそうなのを我慢してまで、ここで寝るんですね…。理解出来ません… 」 「 俺の勝手だ 」 「 そうですね…。私も勝手に寝ます 」
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