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誰かが隣に居て、其れもこの部屋で一緒に寝るなんて、 離れて暮らす妹やお母さんですら一緒に寝たことがないから、如何しても緊張して眠れなかった。 何度もスマホの時計を確認して、何度も数分しか経過してない苦痛の時間に溜息を漏らした。 けれど、一時してから彼の方から規則正しい寝息が聞こえ始めたのを聞いて、自然とその寝息と自分の呼吸を合わせたら眠れたんだ。 これが、遺伝子的相性がいいのか…分からないけど、夜中に起きることなく熟睡が出来たんだ。 こんなにもぐっすりと寝たのは久々だと思うぐらい、しっかりと寝れたから、 朝はいつもより少し早めに起きた。 「 ふぁー……んーー! 」 大きな欠伸と背伸びをし、ふっといつもなら寝起きで乾燥した肌が痒くて、ボリボリと掻いてしまうんだけど、今日はそんな事が無かった。 何故だろうか?そう思ってルームウェアを捲って手首や腕を見ると、少し皮膚に艶がありしっとりと濡れてるじゃないか。 「 誰かが塗ってくれた?誰か……考えたくない… 」 お母さんが、こんな事をするのはまず無い。 あの人は部屋に入って来ないだけじゃなく、皮膚炎に対する理解力も低いから、薬も勝手に買って…と言う程度。 寝てる間に塗るなんてしないから、居るとするなら、もう一人…。 「 既に起きてる…。仕事だろうね 」 私は早めに起きたつもりだけど、時間にしては8時半頃。 一般的な会社員の人からすれば、遅い時刻だろうと理解してるから、彼は居なくて無理はない。 ちょっとホッとしていれば、部屋のスライドドアは開く。 「 起きたか?朝飯作った、食いに来い 」 「 ……なんで居るの 」 足音がお母さんと違ったから驚かなかったけど、そこには白いワイシャツに昨日と同じスーツズボンを履いて、首にボロタオルを掛けてる彼の姿があった。 普通に仕事だと思ってたから問えば、彼は傾げた。 「 出勤は9時半だ。まだ時間があるからに決まってるだろ 」 「 なるほど… 」 案外、遅めの出勤だったらしく… そう言われたら納得してしまう。 行かないと何か言われそうだから、ゆっくりと立ち上がり掛布団を整えてから、部屋を出た。 廊下に出ると香る食欲をそそるいい匂いに、腹の虫が鳴るような気がする。 「 わ、すご…… 」 脚の低い長方形のちゃぶ台には、数種類の料理が並んでいた。 其れを眺めたい気もするけど、まずは歯磨きをするために風呂場へと行き、いつも置いてある歯ブラシを手に、歯を磨いていく。 結構しっかりと磨いてから、リビングの方に戻ると、市販のお茶が入ったペットボトルからコップに注いでいる、彼の姿を見る。 「( 似合わない…ちゃぶ台と、雰囲気が、全く… )」 如何してこんなにもミスマッチなんだろうか…。 雰囲気や手首に着けてある腕時計が、高級品だからか。 一瞬、自分の家とも思えない光景に硬直すると彼は視線を流す程度で向けてくる。 「 座らないのか?用意してやったんだ 」 「 あ、はい…。ありがとうございます 」 座りますし、食べますと思って通路側の方に座って正座すると、脚の長さ故に片膝を立ててる彼は胡座を組むのに変えた。 「 食えそうなものだけ食えばいい 」 「 食べ物のアレルギーは……無いんで大丈夫です 」 「 その間は地味に怖いんだが 」 「 乳製品がちょっとお腹壊しやすいってだけで…うん、大丈夫かと。匂いからして豆乳っぽいし 」 「 そうか…ならいい 」 普段、料理に関して特に拘りが無いから考えたことが無かった。 じっと料理を見ていれば、彼は片手を向ける。 「 豆乳で作った牡蠣とほうれん草のクラムチャウダー。亜鉛の吸収にいい。牛レバーの香味フライ。鉄分が含まれてる。マグロ、タイ、ブリのオリーブ和え、ビタミンEや脂分が皮膚炎にいい。後…黒ごま、アーモンド、きなこで作ったパンケーキ…その他菜の花とブロッコリー、アボカドのマヨ和えのサラダと、果物にイチゴ…出来ればこう言うのを3食食ってほしいんだけどな 」 「 無理です。でも、ありがとうございます 」 急につらつらと言うから、一体何だろうって思えば… 全部、私の為に作られたものだった。 「 もしかして…全部お一人で? 」 「 ん、嗚呼。キッチンが狭いから苦戦したが、24時間開いてる店で買ってきた 」 「 キッチン……すご… 」 使わなかった残りの材料が、ビニール袋に入ったまま床に置いてあるけど、キッチンは調理した後とは思えないぐらい、綺麗になっていた。 寧ろ、使う前より綺麗に整頓されてるから… 私が寝てる間に一体何をしてるんだと思う。 「 料理作れる男って惚れるだろ? 」 「 感心はしましたが、惚れはしませんね。私もこのぐらい…材料があれば作れるので 」 「 ……もういい、さっさと食え 」 「 はい、いただきます 」 惚れさせる為とは言えど、朝から手料理なんて少し笑ってしまうけど、こうやって誰かの手料理が食べれるなんて久々だから嬉しい。 「 ん……、このクラムチャウダー美味しい… 」 「 ホワイトソースを一度作って、それで伸ばして作っているんだ 」 「 へぇー……手間がかってる。私、味覚障害で…水が少しでも含まれてると全部苦く感じてしまうんだけど、水が使われてないスープだから美味しいです 」 もしかしたら自分で作るより美味しいのでは?そう思うぐらいのクラムチャウダーに笑みを溢し、牡蠣を掬って口へとは運ぶ。 臭さがなく、柔らかくてふわとぅるの牡蠣は其れだけで贅沢な気分を味わえる程に、胸が踊る。 「 そうか…。食えるならいい。味覚障害が出てるのは知ってる。狐塚が、牡蠣サプリ渡してたからな 」 「 …あ、昨日それを飲んだから少し減ったとか? 」 「 亜鉛は月に一度作られる。そんなすぐに効果ないが、あのサプリを3、4週間ぐらい続けて飲めば味覚障害は無くなるだろう 」 「 そんな…長年の悩みが 」 亜鉛不足だから、結構頑張って色々試したけど、牡蠣エキスで治るなら、これまでも試せばよかったと思った。 残念に思いながら、レバーの串を手に取り一口食べる。 まだ温かいし、柔らかくて臭みもなくて食べやすかった。 「 アトピー性皮膚炎の方は少し時間が掛かるだろ。関節の裏の皮膚が変色してたから、元の色に戻るには…永くて9ヶ月ぐらいかかる。それでも治るさ 」 「 やっぱり…見たんですね 」 治る、と断言してくれたのは嬉しいけど… 余り…綺麗な体じゃないから、少しだけ落ち込んで言えば、彼は咀嚼を終え、話す。 「 ん…。寝てる時に掻きむしっていたからな。とりあえず手袋して、人差し指1本だけで塗った。人差し指程度じゃ影響無かったぞ 」 「( 肌が汚い…とか言わずに、掻いてたからって理由と発情するかしないかの云々だけ話す辺り…彼はいい人では? )…そう、ですか 」 「 散々な手当てをしてたみたいだから、そんなに悪化したんだぞ。反省しろ 」 「 はい……( ちょっといい人なんて思ったの、撤回したい )」  なんか知らないけど怒られたことにしょんぼりして、他の料理も食べていく。 家にある白い大皿と小皿だから、見栄えはシンプルに思えるけど、きっと綺麗なお皿に盛り付ければ映えるような数々なんだろうね。 「 そう言えば、なんで料理出来るようになったんですか? 」 「 …薬剤師であり、薬の研究者として、薬を勧める他に相性のいい食事を伝える時もある。作れない、効果ない。そんな物を教えれる訳出来ないだろ。学びながらついでに管理栄養士の資格も得た…だけだな 」 「 勉強熱心なんですね…。医者とか向いてそう 」   彼はなんとなく、医師とか弁護士とか… そういったもう少し堅苦しい印象の方が合うんじゃないか、そう思っていると彼は目線を此方へと向け、僅かに外した。 「 医師を目指していたさ。だが…父の会社を継ぐために、その道を断念するしか無かった。だから俺は子供はいらない…。決められたレールを走るより、好きに生きればいいと思うからな。それこそ俺の跡を継ぐのは…他のやつで良い 」 「 でも、それなら…子供がいてもいいのでは?自由にしていい。そう言えばいいだけだと思いますよ 」 「 ……そうかも知れないな。だが俺は、子育てする程の時間が無い 」 適当に子供を作り、捨てるようなアルファとは違うんだと思った。 ちゃんと自分の使える時間を考え、そして身体の事についても、よく考えてると思う。 そんな彼だからこそ、私がいらないって言った言葉に、否定はしなかったんだろうね。 「 犬派ですか?猫派ですか? 」 「 …強いて言うなら猫。散歩しなくて良さそうだ 」 「 奇遇ですね。私も飼うなら猫がいいです…あ、でも…熊飼いたいな 」 ポツリと冗談交じりに言えば、彼は顔を上げた。 「 …俺、樋熊(ヒグマ)だけど? 」 「 そういう事じゃないんです。嫌ですよ、男の人を飼うなんて…てか、寧ろ私が飼われる方なのに… 」 「 ふっ、確かにな。それは言えてる 」 否定してください。なんて言えば、彼は軽く笑っていた。 こんな風に、家族以外と笑うのはいつ振りだろうか…。 学生の頃、それより前だろうか…。 そんな事を考えながら、朝御飯を食べ終えた。 「 そう言えば、お母さんは? 」 「 パチンコ行くと言ってたから、10万円渡したら遊びに行ったぞ 」 「 なんで渡してるんですか…… 」 「 千円で遊ぶとか言うから。無理だろうなって…え、ダメなのか? 」 「 ダメに決まってるじゃないですか 」 千円で遊ぶから、ゆっくりやって遅く帰って来るのが丁度いいのに…。 10万円なんて大金を持たせたら、何をしでかすか分からない。 朝ご飯にかける食費もそうだけど、金銭感覚狂ってる。 「 そうか…なら、次は少し金額を下げよう 」 「 ……………… 」 違うんだけど、言っても理解されないだろうから諦めた。 いいです、今日はお母さんは遊んできてください。 次からは無いけど…。
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