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「 とりあえず仕事に行く 」
朝ご飯を終え、皿洗いすら終えてしまった彼。
私がすると言ったら、薬を塗ってるし、食器洗剤が良くないとかで拒否されて、さっさと洗い終えてしまった。
そんな彼は、ドライヤーで髪を乾かして昨日の様な髪型にセットをしないまま、スーツに身を包んだ。
「 とりあえずって事は…また来る気なんですね? 」
「 当たり前だろ。次は食事に誘う。今日の夜は多分遅くなるから、次の休み前でも…。フレンド登録してたから、あとで見ててくれ 」
「 勝手に……。まぁ分かりました。頑張って下さい 」
人のルームウェアは捲るし、スマホは弄るし…。
どんな教育されて育ったんだと疑いたくなるけど、
きっと直接言ったら拒否されるのを分かって強行突破したんだと思う。
そう思わなければ、ちょっと引く。
態とらしく呆れるように息を吐いて言えば、彼は口元に笑みを零す。
「 誘いは否定しないんだな?週末、楽しみにしてる 」
「 否定しても強制でしょうから…。ほら、行ってらっしゃい 」
「 そうだな…。行ってきます 」
当たり前の如くやって来て、そして強引に連れて行くのだろう。
そう思う人だから、深く考えるのは止めた。
軽く手を振ると、そのまま靴を履いて仕事へと向かって行く。
その後ろ姿を見ると、同棲してもこんな風に送るのだろうかと思った。
「 は、なに考えてんだろ…。とりあえず、結構食べたしストレッチしよう 」
いつでも仕事に行けるように、ストレッチをして体力を付けとこうと思った。
その前に、冷蔵庫から飲み物を取り出そうと開くと、目の前にはタッパーに詰められた料理があった。
「 牡蠣のフライ…とか、色々ある。昼御飯と晩御飯用にかな?凄いな…ちゃんと考えてくれてる 」
買い過ぎた。なんて言ってた材料も置き去りにしてる辺り、私に使っていいと言ってるみたいなもの。
後で、挨拶ついでに御礼の連絡をしようと考え、林檎100%のジュースを飲んでから、部屋に戻った。
一日中ダラダラしてるのは勿体無いから、ストレッチしたり、掃除したり、残った材料で作れそうなレシピを考えたり、そしてまたストレッチして…。
そんな欠伸が出そうな1日を過ごし、夕方頃になればご機嫌なお母さんが帰ってきた。
「 今日は遊べたみたいだね? 」
「 そう!2000円で7連ちゃんした後にバーが8回来てね。今日はそれだけで遊んだよ 」
「 あれ、貰ったお金は? 」
「 共通の貯金通帳に入れたよ?なのちゃん、此れでお薬買えるね 」
お母さんが元気いいと、こっちまで元気になれる気がする。
だから、いつも言われてる台詞なのに、今日は少し胸が苦しくなる程に嬉しかった。
「( お母さんがパチンコ行くの…無いお金をちょっとでも増やすためなんだよね… )ありがとう… 」
「 うん、いつも貧乏でご飯もない生活させてしまってるから…薬ぐらいはちゃんと買えた方がいいからね。お母さん…薬について全然分からないから、手助けは出来ないけどさ 」
「 んん、いいよ。大丈夫、調べたら分かるから 」
お母さんは機械音痴だからガラケーだし、少しでも携帯料金を節約する為にネットに繋いでない。
だから、メールと電話しか出来ないから…。
今の自分達のように、気になった事を直ぐにスマホで調べる事は出来ないんだ。
分からなければ、図書室とかに行かなきゃいけない。
でも、その一歩が中々行けないのはわかる。
それなら…お金だけ任せて、買って来て欲しいだろうね。
「 そっか。そう言えば、朝の人は…前の仕事の人? 」
「 ん……そんな感じ。上司みたいな…でも、違うような 」
「 ふふ、でもきっと良い人だよね。なのちゃんが笑顔になってるから、顔色もいいよ 」
「 そう、かな? 」
頬に触れたお母さんに、こうして触って貰えるのも久々だと思った。
あの人は、ちょっと傲慢で強引だけど、お母さんとの距離を縮めてくれたきっかけになった人だから、そこは感謝するし良い人だろう。
ありがとうございます、と心の名で呟いては、
その日を終え…れなかった。
「 ん……なんですか? 」
" 残業でな。声が聞きたくなったから、寝るまででいい話してくれ "
「 ……話す、んー… 」
寝ようとしてたら急に着信が来て心臓に悪かった。
目を擦り、スマホをスピーカーにしてから残業をしてる社畜の相手をする。
「 あぁ……ご飯、美味しかったです。昼と夜にも食べて…。材料って、使っていいんですよね? 」
" 好きに使えばいい。その為に置いて帰った "
「 ほぉー……ありがとうございますー 」
即読はついてたけど、返事までは無かったから
如何なんだろ?と思っていたけど、直接許可を得たなら、明日から使おうと思った。
冷凍庫にもびっしりと肉が入ってたし、
今月は食事には困らなそうだ。
眠くて少し上擦った声にはなってただろうけど、彼は時折向こう側で書類についてブツブツ言いながらも、私の話にはちゃんと耳を傾けていた。
いつの間にか3時間ぐらい会話してて、気付いたら寝落ちしていた。
そして起きたら、ずっとスマホの通話が繋がってたことに驚く。
「 え、ちょ、通話…… 」
" スゥー……スゥーー…… "
消していいのか悩んだけど、向こうから規則正しい寝息が聞こえたから、少しだけ聞きたくなった。
「( 遅くまで、お疲れ様です…… )」
きっと上着を脱いだ程度で、雑に寝ているんだろう…。
そんな事を考えながら彼が起きた後に仕事に行くから切る必要がある、そう言うまで繋げていた。
其れから毎晩の様に通話しては、私は肌の痒みもなく、
前より赤みが引いてブツブツも減ってきたことが、嬉しくて仕方ない。
それでもやっぱり、他の物を使うのは怖いから、今は狐塚さんがくれた薬とサプリだけで、なんとかやって。
私は前より積極的にアトピー性皮膚炎を治す方法を調べて、良さげなのを見かけたから試していた。
「 爪にジェルネイルをする…。こんな感じかな 」
爪だけだと引っ掻いたときのダメージが大きいから、ジェルネイルで厚みを増やすといい…。
そんなのを見て、試しにラメ入りの桜色を付けた。
初めてだから結構苦戦したけど、見栄えは悪くないはずと天井に手の平を向け、光る爪を眺める。
「 皮膚炎だと…自分に何一つ自信がないけど、こうして治っていくと嬉しいんだね… 」
安いネイルだけど、それでもほんの少しずつでも学生の頃に出来なかった楽しみが出来ると、嬉しいんだと思った。
そして、彼と出会ってから丸々7日が経過した日曜日。
昼から誘われた為に、ちょっと早めに準備していると、玄関はノックされた為に出る。
「 はーい……、あ…こんにちは 」
直接会ったのは先週の日曜日なのに、いつも長電話してたから、改めて会う感覚がしなかった。
「 もう少し早く来ようと思ったが…仕事の都合で来れなかった。これは、其の…埋め合わせだ 」
「 へ? 」
背中に隠していた物をスッと向けた彼に驚くと、その手には淡いミルクティー色に黄色のリボンを着けた、可愛らしいテディベアがあった。
「 ふぁ……いいんですか?可愛い、ありがとうございます 」
「 ドイツ製のテディベアだ。後…お誕生日おめでとう。3月30日だったろ?もう4月になってしまったが…直接言いたかった 」
「 …正式な28歳ですよ。ぬいぐるみ、置いてきますね 」
もう28歳と言っていたが、正確には誕生日は来ていなかった。
この歳になっても、誕生日を祝って貰えるとは思わなかったけど、新しいテディベアを枕元に飾る。
柔らかいふわっふわっのテディベア、ふっと触っていれば、この感触に思い出した。
「 あれ…この子と同じ会社では? 」
それは、小さい頃に仲良くしてた男の子から貰った焦げ茶の青いリボンをしたテディベア。
" 泣かないで、これ上げる "
" うぐっ…… "
引っ越すと聞いて、めちゃくちゃ泣いてたらスッと渡されたのは、その子供にとっては少し大きめなテディベアだった。
「 やっぱり…同じメーカーだ… 」
リボンとは別に、金の紐に丸いネームがあるそれは、昔貰った物と同じだ。
ちょっと古くなったから毛質は違うけど、大きさも見た目も良く似てる。
そして、共通するのは…
リボンは後から着けられた物だということだ。
「 待って……。あの、男の子…。まーくん、じゃなかったけ…? 」
熊さんって名字か名前だったから、まだ4歳ぐらいの私は、まーくんって呼んでいた。
「 まさか、そんな…ね? 」
きっと、テディベアが好きだと言ったから同じセンスの人が居ただけ、そう思ってから玄関先で待ってる彼の元に戻る。
「 おまたせ。陽光ダメだから…帽子とかしてるけどいい? 」
「 問題無い。寧ろ、紫外線は髪のダメージにも繋がる。日傘も用意してるから使うといい 」
「 ありがとう…… 」
車に乗った後、後ろに置いていた日傘を手にした彼は、私の方へと渡せば運転を始めた。
" これ、オレだと思って…大事にしてほしい。必ず帰ってくるから "
" うん……! "
「( でも……。この人は…私を見て、初めましてって感じの雰囲気あるから、違うだろうね。8歳児頃なら覚えてるだろうし… )」
もし、隣にいる男性が…
当時知り合って、ちょっと仲良かった近所に暮らしてる男の子だとしても、私はそれ以降何度か引っ越してるし、あの場所から離れた。
きっと違うと思って、考えるのは止めた。
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