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04
何処に行くのかは分からない。
只、朝が弱い私を配慮して昼から会うことになっただけで、デートプランなんて聞いてない。
だから外へと視線を向けながら話す。
「 そういえば…寝落ち通話好きなの? 」
「 …好きになった、と言うのが正しいか。前は通話すら嫌いだった 」
「 おや…そうなんだ? 」
視線を運転してる彼に向ければ、ベージュ色のジャケットに黒のタートルネックを着てる彼は、答えた。
「 嗚呼、多分…御前の声が、心地いいだけと思う 」
「 声…んー…落ち着いてるとは友達に言われたことあるけど、実感なかった 」
高過ぎず、低過ぎない声なんだろうけど…
其れを落ち着けるなんて、よっぽど物好きだろうね。
可愛い声の方が、オメガらしいだろうに…。
「 なら自覚することだな 」
「 難しいね… 」
それは無いかな、と冗談交じりに笑って不意に自分の喉元に触れると、同じタートルネックだったことを思い出す。
白だけど、ジャケットも似た感じだから…
もしかして彼は、私の雰囲気寄せてきたんだろう。
「( 下手したらこれ…。ペアルック…いや、高級品とは違うから、そんな事はないか )」
似てるだけ、只それだけと一人で心の中で頷く。
「 着いたぞ。ランチには丁度いいと思ってな 」
「 へぇー……( お高そうな店… )」
ミシュランガイドに掲載されてそうな佇まいの店の前で、先に車から下ろされて影で待っていると、コインパーキングに停めてきた彼は、少し早歩きで戻って来た。
「 先に入ればいいのに。樋熊で分かるだろ 」
「 一緒でいいよ。そこまで待ってないし 」
「 そうか、なら入ろう 」
5分も待ってないんじゃないかな。
その程度だから、苦では無かった。
改めて彼が扉を開けたのに合わせて、中へと誘導されたから入れば、そこは他の座敷のない対面のカウンターしかない店だった。
「 え……( 誰もいない )」
「 いらっしゃいませ。樋熊様。お連れのお客様もどうぞ、此方へ 」
「 嗚呼 」
もしかして…貸し切りってやつですか!?
たかが昼御飯に、貸し切り?
困惑しながら、料理人の前にあるカウンター席に案内され、何気なく彼が椅子を引いたのにお辞儀をして、腰を下ろす。
同じく隣へと座わり、周りを見てしまう私とは違って、彼は料理人へと告げる。
「 此処は日本料理でも、特に天ぷらや揚げ物の専門なんだ。好きって言ってたろ? 」
「 うん、よく覚えてたね。すごいよ 」
「 その位覚えてるさ。とりあえず、オススメをくれ 」
「 畏まりました 」
こういう店は、お腹いっぱいに食べる店では無いだろうなって思った。
それでも、目の前で丁寧に揚げられる天ぷらは、楽しみでしかない。
「 桜鯛の天ぷらです。塩でどうぞ 」
「 いただきます 」
いくつか前菜が出た後に、メインっぽい鯛の天ぷらには、桜が一緒に付いてて彩りも華やかで綺麗だと思った。
箸で摘んでから、口へと運ぶ。
「 ん…っ!美味しいです…。さくほわっ…。あ、桜の香りもほんのりする… 」
「 そうだな、悪くない 」
悪くないって…美味しいでしょう。
そこは褒めてもいいんじゃないかな?
まぁ、彼からすれば普段食べ慣れてる物なんだろうけどね。
「 軽く食べれたから、そこまでこってりしてなかったなー。ご馳走様でした 」
「 嗚呼、少し待ってろ。車持ってくる 」
「 着いていくよ 」
「 脚を痛めてるんだろ。歩かなくていい、待ってろ 」
「 ………はい( 歩くぐらい平気なんだけど )」
ゆっくり歩けば問題ないから、彼が心配する程ではない。
けど、二度も待ってろ、なんて言われたら忠犬のように待つしかなくて、
5分程度で高級車が店の前にある路肩に駐車したのを見て、日陰から出て助手席へと乗り込む。
「 まだ空腹だろ?次は、苺が食える店に行く 」
「 おぉ、楽しみ! 」
こうして外食を周った事が無いから、楽しみで仕方ない。
次の店は、苺づくしのアフタヌーンティーが楽しめる場所で、コーヒーが苦手でも紅茶が飲めるから普通に楽しかった。
それは結構、サンドイッチやケーキ等でお腹いっぱいになったから、他の料理が気になることはない。
3軒目は映画館で、見たかったクマのぬいぐるみが登場するファンタジーアニメで、可愛かったし、安定の面白さがあったから、それについて語っていた。
4軒目は彼が見たいと言ってた、猫を見る為に、
猫カフェへと立ち寄った。
「 めっちゃ避けられてる 」
「 アルファだからか…。それに比べて、御前の周りには猫が凄いな 」
膝の上、左右、後ろにも猫がぴったりとくっついてる私とは違って、完全に避けられてどの子も寄って来なかった彼の、少し不服そうな雰囲気は笑ってしまった。
普通の動物達も、アルファは苦手みたいだ。
「 俺に懐かないだろうから、猫は買わん。よく分かった…あんな30匹以上居て、1匹も来ないなんて 」
「 ふふ、寂しそうに猫じゃらし振ってる様子は面白かったよ 」
1時間ぐらい猫カフェで寛いだ後は、不満気な彼をご機嫌にする事に変える。
「 知るか…… 」
「 じゃ、夕食は私の家で食べるんだよね?簡単に、で良ければ作るよ 」
「 嗚呼… 」
帰り際にスーパーで料理の材料と、これから数日分で買い込んでから、家へと帰った。
「 お母さんは遅いから、先に作って食べちゃお 」
「 分かった、手伝えることは手伝う 」
「 うん、ありがとう 」
今日は21時頃に帰ってくるだろうなって思うから、お母さんの分は別で退けとこうと思う。
「 これ、そっちで切ってくれる? 」
「 嗚呼、みじん切りでいいか? 」
「 いいよ 」
私は立ってキッチンで材料を切って、彼は長方形のちゃぶ台にまな板を置いて、玉ねぎを切って行く。
なんだろうか…。
凄く、嫌な気分にもならず…
当たり前のように側にいる存在は、悪くないかも知れないと思った。
「 ハンバーグか…いいな 」
「 でしょう?ついでに春野菜で作るタラトゥユと牡蠣と海老のアヒージョね 」
「 なら、簡単に春菊とアーモンドのサラダを作ろう。豆苗も入れたらいいだろ 」
「 その辺りは任せるよ 」
サラダを手際よく作った後に、シーザーサラダドレッシングも自ら調味料を入れて作るあたり、手慣れてると思う。
その間に、包み焼きハンバーグを焼いて、隣でタラトゥユを作る。
アヒージョはすぐに作れるから後だ。
「 よし、出来た 」
「 ん…… 」
彼が片付けながら、テーブルに物を並べてくれるから凄い楽だと思った。
ちょっと服やら肩がぶつかってしまうほど、狭いけどね…。
「 いただきます 」
「 嗚呼…いただきます 」
お母さんと妹以外、振る舞ったことのない手料理。
果たして、彼の反応は如何?
少しだけ気になって、眺めているとカトラリーを手に、包み焼きハンバーグを開けてから軽く切り、一口口へと運ぶ。
容器も周りも庶民的なのに、この雰囲気だけはレストランの様に思えるのだから、どれだけ絵になる男だろうか。
「 ん、美味い……。肉汁もしっかりあって…普通に美味い 」
「 それは良かった 」
今日食べた場所で、一度も美味いなんて言わなかったから、ちょっと心配だったけど何度か頷く様子を見て安堵し、自分も食べていく。
「 俺の為に作られた手料理なんて…。初めてだな…家政婦は居たが、それは仕事として作るから少し違う 」
「 そっか…私も、お母さんが手料理が苦手な人だから余り食べなくてね。朝に作ってくれたのは嬉しかったよ 」
誰かに作ってもらう…。
其れだけで、こんなにも普段食べる料理とは違うんだ。
お母さんにも、この良さが分かってほしいな…。
きっと最後に、食パン食べるんだろうけど…。
「 毎日は無理だが、偶になら作ろう。御前も、そうしてくれると俺が喜ぶ 」
「 なに、また次のデートがあるの? 」
「 当たり前だろ。何度もデートを重ねて、好きだと思わせてやるさ 」
「 よくお金ない人を連れ歩くよね、ビックリ 」
自分で言うのもなんだが、今日は殆ど奢ってもらったから、これから先…それが続くとなると申し訳なく思う。
だからこうして、手料理を振る舞ったんだ。
「 問題ない。俺が金を持ってるからな 」
「 流石…懐に余裕がある人は違うね 」
「 そう思うなら、俺を選ぶべきだな。裕福な暮らしは約束してやる 」
「( 別にそれが目的じゃないんだけど…彼が、私の思ってることを少し理解したら、付き合ったり…その先を考えてもいいかもしれないね )」
今は全て、お金で解決しようとしてるけど…。
私が求めてるのは、そんな使えば無くなるような物じゃない。
食事を終えて片付けた後明日から仕事がある彼を置いておく気にもなれず、早々に部屋から追い出した。
「 泊まっていってもいいだろ… 」
「 ダメ、ちゃんと自分のフカフカのベッドで休んでください 」
「 はぁー……また電話する 」
「 うん、分かった 」
残念そうなのか、それとも納得したのか分からない溜息だけど、何方かと言えば自分自身に対して落ち着かせたのだろう。
「 あぁ、今日はありがとうな。一日中側に居たが…御前と結婚前提に付き合いたいと思う気持ちは分からなかった。今日のネイルも可愛かったが、今度は…ネイルサロンにでも連れて行くさ 」
「 ……これ引っ掻き防止だから、ネイルサロンみたいに薄くしなくていいから、このままでいいよ。でもありがとう。樋熊さん…私のレベルに合わせたコーデで来てくれたでしょう?嬉しかったよ 」
「 ふ、なら…次は服屋だな。俺のコーデに合わせてもらおうか 」
「 それはまた機会があればね…。今は、堅苦しくないぐらいが丁度いいよ 」
「 そうか……分かった 」
何気なく爪を褒めてくれたことは嬉しかったし、今日一日、周りから見てもパパ活女とは余り思われなかっただろう。
そりゃ、ベタベタはしてないけれど…
アルファが寄り添って笑いかける人なんて、早々いない。
「 …………… 」
そう、彼はずっと世間体を気にすることなく隣を歩いてくれたんだ。
立ち止まった様子に、僅かに目線を落としてるのを見て、問い掛ける。
「 泊まっていきたいの? 」
「 嗚呼…だが、今日は止めておく。おやすみ 」
「 うん、おやすみ。明日からも頑張ってね( 我慢してくれた、偉いな )」
他のアルファならきっと、手を出してる雰囲気だろうけど…
彼はぐっと理性を留めた。
それが分かるほどに片手を握ったのを見たから、その気が無い私が引き止めるのは苦痛だろうし、軽く手を振ると彼はそのまま歩いていく。
「( どんなに薬を飲んでいてもキツイだろうに…。本当に私の為に我慢してるんだ… )」
小さく息を吐いて、部屋へと戻る。
静まり返ったリビングを眺め、とりあえずちゃぶ台の上に適当な広告の白い部分を使って、
お母さんに料理があることへのメモを残し、風呂に入ってから寝室へと戻った。
「 調子狂う……。立場が違うと思ってたのに、合わせに来るなんて… 」
貸し切りのレストランは置いといて、服装や手料理の種類とか、スーパーでの買い物の雰囲気とか…。
私の方に寄せてくれたのは、彼なりの気遣いだろう。
目線を上げたさ気にある、今朝貰ったテディベアを掴んでは、軽く手を握る。
黄色いリボンには、菜の花の刺繍があるから私をイメージしたものなんだろう。
「 ふぁ、寝よう……。疲れた… 」
沢山遊んだから、ぐっすり寝れそうだ。
テディベアを抱き締めて、眠りについた。
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