120人が本棚に入れています
本棚に追加
05
デートを重ねる。
そう言ってたけど、彼が忙しいから昼から遊べるのは日曜日だけ。
それでも、フッと顔が見たくなれば彼の方から、仕事終わりに呼ばれる。
まるで私の心が分かるように…。
近所の近くだと顔見知りに話し声が聞かれるのを避ける為に、少し離れた先にあるコンビニやコインパーキングが多く、
急に呼ばれる事に対応しきれないからでもある。
髪型もちゃんとセットしてないし、服装だって選んでないから、レストランとかには行けない。
「 仕事お疲れさま。急に呼ばれたから驚いた 」
「 嗚呼、疲れたから顔を見たくなった。後これ…そろそろ塗り薬が無くなる頃だろうから、上げようと思ってな 」
「 薬?ありがとうございます… 」
敢えて車内で会話しないのは、彼の理性を留めるため。
車の近くで会話していれば、差し出された小さな紙袋に入ったものを受け取り、中を覗く。
効果のあった塗り薬が3本ほど入っていた。
「 少しは効果あるようだな? 」
「 凄くあるよ。飲み薬の方が無くても痒くなくなったし、前より赤みもなくて…今は、斑点みたいなものだけかな 」
「 そうか、ならそろそろ皮膚を治す薬でも良いかもしれないな。次はそっちを持ってくるさ 」
見た方が分かりやすいだろうけど、今は暗いから袖を捲っても意味無いだろう。
「 いつもありがとうございます… 」
「 嗚呼、と言うか…そろそろ下手くそな敬語なんてやめていいんだぞ? 」
「 下手くそ……これでも、社長さんには敬意を払っているんですよ 」
「 ほぅ、敬意な?御前には必要ないが 」
年上であり、まだ恋人でも無い。
ましては…お金持ちの社長さん。
そんな彼にタメ口で話すのは違う気がしてたけど、彼は分かりやすく溜息を吐く。
「 俺が踏み寄ろうとしても、御前が壁を作ってたら意味無いんじゃないか。それとも…恋人にするには不適任か? 」
少しだけ、怒ってるような雰囲気は分かる。
彼は沢山尽くしてくれてるのは…其れは恋人になりたいという意味合いを込めて。
きっと、そんなつもりも無ければ…
こうして毎日通話したり、日曜日にデートをしたり、材料費を負担なんてしないだろう。
下心あるからこその、好意だと知ってる。
「 立場が、違い過ぎるから… 」
「 立場…立場…か。俺は一切気にしたことねぇけどな? 」
「 でも、私の家は…貧乏だから…樋熊さんに迷惑掛かるかも知れないでしょう!? 」
少しだけ声を張ってしまえば、彼は自分の感情を抑えるように深く溜息を吐いては、前髪の毛を掻き上げた。
「 俺は芸人じゃない。これまで8回デートして…人の目の多い場所に行ったが、誰一人として御前の事に文句を言った者はいなかった。人目を気にせずピクニックも出来るし、観光地だって巡れる。もし居たとしても……俺は、ハッキリと言ってやるさ 」
彼は手を髪に触れていた手を下げては、片手を向けてきた。
「 彼奴程、俺に釣り合う女はいない。と言えるぐらい、御前は魅力的なんだ。シルクの様なきれいな銀髪や色白の肌。菜の花のような黄色い瞳。子供っぽい笑顔なのに偶に大人びた顔を見せる。俺と出会った事で日に日に綺麗になっていく…そんな奴を文句なんて言わせないし、放っておける訳無いだろ 」
「 っ……!! 」
最初の、ボロボロで…その辺の店に行く程度だからいいやって感じの髪型や服装を知ってるはず。
身体中だって皮膚炎で汚いのに、それを気にせず綺麗だと、可愛いと言ってくれるのは…。
流石に、無感情なんて言葉はない程に…
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「 だが…御前が、俺の事に興味無い…嫌な部分がある。そう思うなら言ってくれ、出来るだけ変えよう。性根までは出来ないが、ある程度の容姿ぐらいはいけるだろ。理想の男がいるなら、そう言ってくれ。俺にも…恋人になれるチャンスが欲しい 」
私の事を考えて、行動してくれていたのを知ってる。
見たことない場所に連れて行ってくれて、庶民的なデートさえしてくれた。
買い食いや立ち食いも、しないだろうに付き合ってくれて…。
それでも彼なりのデートのやり方を教えてくれた。
陽光の下では素肌を晒せなくて、肌が見えるような可愛い服も着れないのに、それで良いと気にしないでくれる。
素人の料理を毎回、美味いと言って頷くのを知ってるから…。
理想的な男性そのものだろう…。
「 っ………私、恋人出来たことないから…。私の何処がいいのか、一切分からなくて、如何していいか…分からない……恋とか、愛とかも、分からないから… 」
「 別にそんなもん、分からなくてもいいんじゃねぇか。俺も誰かを好きになった事も恋人すら作ったことはねぇけど…。少なからず…毎日考えて、通話したいって思う相手の事は、嫌いなわけは無いだろう 」
泣きそうな感覚を必死に堪えて、声が震えながらもなんとか伝えれば、彼の言葉にこの二ヶ月の事を考えた。
「 通話…嫌じゃなかった? 」
「 全然。寧ろ通話じゃ足りないから、こうして薬を渡す。なんて言い訳つけて会いに来たんだ 」
掛け走る心臓が、一つ大きく脈を打つ。
「 ……会う度に楽しくて、会話が尽きても無言の空気が苦痛じゃなくて…。送られてくる写真が嬉しいと思うのって…好きってことなんですかね 」
「 恋愛経験ゼロの俺に聞くのか…。いや、まぁ…俺もそんな感じだから、そうなんじゃないですかねぇー 」
何処かヤケクソになって答えた様子を見て、彼も色々苦戦しながら考えてるって分かると、ちょっと可笑しくなって笑えてきた。
「 ふふ…そっか、じゃ…私はとっくに、樋熊さんが好きってことだね 」
「 ………それって、結婚前提に恋人になってくれるってことか? 」
「 そういう…事かな?改めてよろしくお願いします 」
照れと嬉しさが重なり合う心のまま、小さく頭を下げて伝えると彼は深い息を吐き、自らの口元に手を置いた。
「 ……やばい、すげぇ嬉しい。俺の方こそ、よろしくお願いします……なーちゃん 」
「 うん! 」
ずっと御前って呼ばれてたから、てっきり名前を知らなかった…。
「 え、待って…今、なーちゃんっていったよね!?やっぱり…まーくん!? 」
菜乃花って名前じゃなくて、その頭文字だけを取った呼び方をするのは、一人しか居なかった。
だから驚いて問い掛ければ、彼は傾げた。
「 おっ?俺の事を思い出してたのか。てっきり、小さ過ぎて覚えてないかと思っていた 」
「 テディベアのぬいぐるみをくれた辺りから薄々…でも、当時の顔が思い出せなくてモヤモヤーとしてたから、違う人かなって 」
「 俺は最初から気づいていたぞ。その特徴的な髪色をしてる子なんて一人しか知らないしな。だが…オメガだったのは驚いた 」
" 御前が…俺の番だったのか "
そう言えば最初、余りにも違和感ある台詞だった事を思い出した。
まさか御前が…、運命の番だったとは…
そのニュアンスだと思えば、納得出来る事だろう。
だから、彼が最初から知ってた事は、考えてみたら分かるもの。
「 小さい頃なんて…まだ第二の性はハッキリしないもんね… 」
「 俺は7、8歳の頃だったから…自分がアルファだと知っていたが、オメガとベータは10歳過ぎないと分からないからな 」
そう、本能的に幼い頃に偏見を受けないように、オメガがベータのフリをしてるのか…
それとも、身体の構造が変わっていく年齢が落ち着くまで判断出来ないのかは…、
いくつかの仮説があって、今だに定かではないけど…。
女子と男子、それ以外の性を認識し始めた頃じゃないと分からないんだ。
血液検査でも、この診断は出ないから…
幼い頃はベータだったのに、大人になったらオメガだった、なんて場合もある。
其の逆もある。
でも、私が彼の運命の番なら…。
最初から私は、オメガである事は確定してる。
「 じゃ…なんで、オメガっぽくないんだろ…。いっその事、胸とかでかくなりたかったな 」
ベータっぽいまま成長したのが分からなくて、なんとなく自分の胸元に手を当て呟けば、彼は少し照れたように答えた。
「 そりゃ…小さい頃は分からなくても、運命の番が離れたら…。オメガは、そのアルファ以外を寄せ付けないようにするんじゃないか?正直御前…前に出会った頃より、今の方がすげぇ甘いフェロモン撒き散らしてるから、理性がかなり揺らぐ 」
「 そんな事ってあるんだ?てか、そんなにフェロモン出てるの?自分じゃ全く気づかない 」
「 だろうな…。はぁー……まぁ、なーちゃんらしくて、可愛いけど 」
「 !! 」
" なーちゃんは、可愛いね "
そう言ってくれた少年の言葉に、私は幼いなりに彼に恋心を持っていた。
だから何処かでいつか、彼に会えることを楽しみにしてたんだ。
「 じゃ、私…小さい頃からまーくんの事が好きだったんだ 」
「 知ってる。いつも傍にいたからな。俺が引っ越すってとき涙と鼻水でやべぇぐらい、号泣するぐらいには…嫌だったんだなって思ってたさ 」
「 はは、まぁ……うん 」
小さい頃から好きな人がいたから、他の人に興味を持たないし、恋愛感情なんて分からなくなるのも無理ないか。
オメガだもん…気に入ったアルファだけが、いいもんね。
そっと、心の中にいるオメガとしての自分の本能に語り掛けかけた。
私はオメガである事を嫌っていたけど、
本能はずっと変えることの出来ないオメガなんだ…。
最初のコメントを投稿しよう!