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驚きつつも蛍は手荷物をとりあえずリビングのソファ横へ降ろしそのまま一旦ソファの真ん中へ沈んだ。見た目に違わぬクッション性で感心する。
「これはもうベッドだよ」
質を確かめるように何度かバウンドしながら言う。
「風邪ひくからちゃんとベッドで寝なね」
はーい、と返事だけは元気よく返した蛍は、ぴょんと跳ねるようにソファを後にすると片方の個室の扉を開けていた優の後ろへピタとくっつき同じように中の様子を窺う。
「こっちが俺か、昼食べてから荷解きだな」
「そうだ!ご飯!」
「じゃ、行こっか!学生証とカードキーだけ持ってね」
「あ、待って、学食ってミートソースのパスタある?」
「あるよ」
「じゃあ着替えないと!跳ねたら落ちないし」
そう言う蛍は、黒スキニーに白いシャツの上から淡色のカーディガンを着ている。
優の開いたのと逆の扉へ着替えを取ろうと身を捻る蛍に声をかけると、優は自分の着ていた黒のパーカーを脱いで渡した。
「上下黒になるけど今から服探すよりいいでしょ」
「ありがとー!汚したらごめんね」
「どうせ目立たないから」
少し考えカーディガンは脱ぎ、急いでパーカーに袖を通す蛍を待って三人は学食へと向かった。
教室があるのとはまた別の、部室等がメインとなる教室が並ぶ棟の渡り廊下。だいぶ規模の大きい通路の先に食堂はある。
そこは学食があるだけの建物らしいが、パッと想像する学食のサイズではないし豪華絢爛とはいかないものの、建物の外観は繊細な装飾が施されておりかなり凝っている。「パーティーに招待されました」と一言添えて写真でも送れば信じてしまえる程だ。
「結構距離あるんだね」
寮を出て十五分ほど、ゆっくり辺りを見物しながらとは言えそれなりに距離があった。朝からテンション高めだったせいもあるのか蛍は若干バテ気味だ。
「今日は校舎通り抜けられないからアレだけど、普段ならもう少し早く着けるよ」
今日まで教室や生徒会室のある校舎は色々準備中、との事で理由がない限り立ち入りができないらしい。現在は仕事にラストスパートをかけている教員か、空のように役員であるものしか立ち入りは許されていない。
「俺居るし、ど真ん中突っ切って行こうか?」とのお誘いは二人で丁重にお断りした。
「ここは普通に開けていいの?」
食堂の重そうな扉に手をかけた優が空をみる。食堂にまで鍵は付いてないでしょ、優くんも案外お茶目さんだなと蛍は内心微笑んだ。
「うん、無視でいいよ俺も勝手にやるから。さ、蛍ちょっとごめんねー」
空はそう言って蛍の後ろにゆっくり回り込んだかと思えば、両手で蛍の耳を塞いでしまう。
蛍も特に抵抗はしないが、どうしたのかと天井を見つめる形で首を上げる。当然ながら蛍は空の胸に収まっている状態なので、互いの顔は目と鼻の距離である。空は何も言わずそのまま笑って見せた。
これに何か意味があるのかとは 疑問には思うが、特に困ることも無いから良いかとそのままにしている蛍も蛍である。
空がゆっくりと一歩踏み出したのがわかり倣って蛍も歩を進める。それに合わせて優は食堂の扉を開いた。
「「キャーーーーーーーー!!!!!」」
確かに感じた空気の揺れと同時に蛍は一瞬肩を跳ねさせる。
全て埋まってはいないがお昼時、食堂内はそれなりに人が居た。が、中を視認するとほぼ同じタイミングで賑やか、という言葉で片付けるには些か鼓膜を庇いきれない程の甲高い声が響き渡る。空に耳を塞がれていなかったら鼓膜が危なかったかもしれない、蛍は無意識に空の手に自身の手を重ねていた。
「花ノ宮様ー!!お久しゅうございます!!」
「ちょ、待ってあの二人誰?!あんな子居なかったよね?!」
「なんであんな花ノ宮様の近くに!!」
「でも、あの収まりのいい子可愛い……」
「僕、隣歩いてる方タイプかも……」
皆いっせいに喋っているようで蛍には何を言っているのか聞き取れない。鼓膜を守ってもらっているのもあるが、唯一自身の名字は呼ばれた気がした。
所でこれはどうすればと蛍は再び空の方を見ようとしたが、何故か優の方にやんわりとそれを制された。
その後すぐ、一瞬空気が冷えたような気がし空調でも効かせているのかと思ったが気のせいだったのかその感覚もすぐ散っていく。不思議に思っていれば空の手がゆっくりと蛍から離される。
あれほど賑やかだった空間は何故か心配になるほどに静まり返っていた。
「お兄様こっわ」
「こんな優しいお兄様、他探しても見つかんないよ?」
「な、何?空くん何かしたの?」
なんて事ない風に二人が席に着くべく進み出すものだから蛍も慌てて追いかける。
「何もしてないよ?蛍のほっぺたで遊ぶのに忙しかったし」
確かにやたらマッサージするかのように、もにもにと揉まれてはいたが、結局蛍はよく分からないまま空いていた四人がけのテーブルに三人揃って腰を下ろした。
自分の向かいに座った空が「席空いてて良かったね」と口にしながら端に置かれていたタブレットに手を伸ばすと、それをテーブルの中心に置いて操作し始めた。これで注文するらしい。
「ミートソースって言ってたけど他にも色々あるよ」
ページが進む度に魅力的なメニューばかりが流れていく。
「え、今のチーズタルト?優くんこれ半分こしよう」
「いいよ、俺その焼きジャケ」
「ちゃんとメニュー見た?」
結局、長い長いメニューを見て迷ったが蛍はミートソースパスタとチーズタルト、優は焼きジャケ定食、空がササッと操作して注文を確定する。支払いも注文をしたタブレットへ学生証をかざせば決済完了との便利仕様で蛍も自身のカードをかざそうとしたが三人分まとめて空が出してしまった。
「二人とも入試上の方だったでしょ?学食代免除されるから誰が決済しても一緒だよ」
言われてみればそんな事がなにかのプリントに書かれていたような、思い返してみるがあまりにも量が多かったので重要なところだけ掻い摘んで空に聞き、他は通っていくうちに覚えていこうと二人は放っていた。
「勉強頑張ってよかった」
「頑張った成果がでたのは嬉しいけどさぁ」
ほんの少し面白くなさそうな顔をする兄二人。
蛍は幼い頃から体調を崩し入院することも多かった訳だが、そんな蛍も成長し少しづつ知恵が付いてくると入院=(みんなが大変)と結論づけたらしく「大丈夫」「ごめんね」ばかりで、ぐずったり我儘を言わない時期があった。家族一同、蛍のそれを我儘だと思ったことは無いし言ってしまえば、お金にも困っていなかったので自分たちにできる事であれば甘やかすつもりしか無かった。
この事があって、蛍が自分たちと同じ学校を選んだことを兄二人はもちろん喜んだが、同時に学費のことを気にして選んだのではと思う節もあった。
当然難しいが入試上位になれば学費はもちろん、一部生活費今回で言うと学食代が免除される。更に榎本学園は有名どこの子息たちが集まっているので基本的な設備の質が高い。食の質、部屋の質と言い出したらキリがないが蛍的に重要なのは保健室。何も無いほうがもちろん良いが万が一の時、病院とほぼ同じレベルでの処置が受けられるとパンフレットでも謳われていた。普通の学校ではあれば確実にやりすぎだが、政治家やら財閥の卵たちがいるのでそうもなるか。
と、まぁ全部兄たちの杞憂で、蛍が純粋に自分たちと同じ学校に通いたいと思ってくれたのなら良いのだが、癖になったのか変なとこで気を使うようになった蛍を現在進行形で矯正中である。
「何!なにか来たよ?!」
すぐ側の兄二人の思いなどつゆ知らず、蛍は広々とした通路を真っ直ぐとこちらのテーブルに向かってくる猫を模した配膳ロボに目を奪われていた。
「あまり外食しないもんね、あの子が料理運んできてくれるんだよ」
花ノ宮家では母親が料理好きなのもあるが、幼い頃蛍の言った「おうちのごはんがいちばんおいしい」以降、外食の機会がほとんどない。
実際、母親の作る料理がどれも美味しいので当然と言えば当然である。
「テレビで見たやつだ……!」
「進○ゼミで、みたいな反応ウケる」
「はーい、魚は優のねー」
しっかり三人のテーブルで止まった配膳ロボから料理を受け取る。ロボのパネルを触ると元来た道を帰って行った。蛍はこっそり手を振ってその姿を見送る。
各々の前に注文した料理が揃い、湯気のたつパスタに蛍は既に釘付けである。
「いただきます!」
『いただきます』
待ってましたと、蛍は山なりに綺麗に盛られたパスタを下の方からクルクルとフォークに巻き付ける。適度に冷まして口に含めばこぼれ落ちそうな程キラキラと目を輝かせた。
「!……!!」
「美味しいよねー、流石と言うか」
調子に乗って一度に巻きすぎた為咀嚼が長引き中々喋れないが、その顔を見れば何が言いたいか一目瞭然である。
「空のなに?」
しれっと焼きジャケ定食に付いていた沢庵の小鉢を空の方へ移動させながら言う。
「日替わり定食、今日は天ぷらだったよ……ここの沢庵酸っぱめだからねー」
「一切れ食べた、あとは任せた」
「優くん酢の物ダメだもんね」
「それ以外は食べれっから、問題なーし」
おかずを交換したり、兄が弟の世話を焼いていれば周りの騒がしさは置いておいて食事は何事もなく終わった。
今は双子がデザートの時間に移っている。いつの間にか空が人数分の紅茶を頼んでいて、このテーブルだけは優雅なティータイムが始まっていた。
「お腹落ち着いたら帰って片付けだね」
蛍のものには砂糖とミルク、優のものは砂糖、自身の分にはレモンを入れてそれぞれにカップを配る。制服をしっかり着ており手際も相まって執事のようである。
その光景に周りも燃えていた。
「空くん今日はもうお仕事ないんだっけ?」
「ないない、今日は午前中しか働かないって決めて全部終わらせてきたからね。帰ったら手伝うよ」
「休んでていいのに」
「手伝い終わったあと『疲れたから泊まるね』って魂胆だ」
「え」
タルトを口に運ぶ手を止め声が漏れたそれは無意識だったようだ。
逸らされない兄たちの視線に蛍は渋々口を開く。
「……今日、普通に空くんこっちくるかと思ってた」
いや、お泊まりアリって言ってたしでも忙しいとかだったら全然……と口数の増える蛍。
空はしばらく噛み締めたあと、徐々に俯きつつある蛍へ声をかけた。
「お泊まり、させてください……」
「敬語キモ、ガチじゃん」
「俺に口悪いのどうかと思うよ」
「”優しいお兄様”なら許してくれるんだろ?」
空はジトっと優を見やるがすぐに仕方なさそうに破顔する。
「はいはい、お前も可愛い弟だよ」
「知ってる」
無自覚に兄心をくすぐる蛍とわかっていて行動する優。どちらも空にとって昔から変わらず可愛いと思える弟である。
しばらくお泊まりの話題で盛り上がりながら楽しくお茶会を続けていたのだが途端、前触れもなく歓声に近い声があがった。
今度は三人とも耳を守る隙もなくしっかりと鼓膜にダメージを受ける。
驚いて固まった蛍と眉を寄せる優、空は手にしていたカップをソーサーに戻すと息を吐いて扉の方へ視線だけを向けていた。
「馬ッッッ鹿、空!なに優雅に茶ァしばいてんだよ!電話取れって!!」
真っ直ぐに三人のテーブルに向かってくる男。 空の知り合いの様だがそれにしては空の反応、雰囲気が隠すことなく「面倒臭い」といっている。足を踏み鳴らしてくる男もとても友好的には見えない。
「二人とも、お茶のおかわりどう?お菓子もなにか追加しようか」
「塩っぱいの食いてぇ」
「なら校内にコンビニあるし買って帰るのもいいね、ここ落ち着けないし続きは部屋でしようか」
声を張る男に気づいてない様な反応に蛍だけが目を白黒させている。
「なに二次会の段取り進めてんだよ!」
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