入寮

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常と変わらず穏やかに見えるが一瞬眉を寄せたのを優は見ていた。 人混みは騒がしい、という程ではないが芸能人でも囲っているように浮き足立った雰囲気がまだ距離のある位置に居ても伝わってくる。 様子を窺いながら店内が覗ける距離まで来ると空は更に数歩前へ出て、声こそ張り上げないがよく通る声で群衆へと声をかけた。 「出入口でなんですか、用がないなら即解散するように」 普段の砕けてはいるが穏やかな喋りにしか馴染みのない二人は胡散臭と眉を寄せたり、先生みたいで格好良いと目を輝かせたりしていた。 「は、花ノ宮様!」 「すいません!すぐに帰ります!」 パッと跳ねるように振り返った生徒たちは各々何か言いつつどこか名残惜しそうにサッと散っていった。その目は誰も彼も店内を見ていたので何かあるのかと蛍はショーウィンドウ越しの店内へと目をやる。 一番手前に見える商品棚、『新商品』のPOPが目立つお菓子コーナーだろうか、よく見る定番のものや見かけないものも並んでいるカラフルな棚。 その棚の下にちょこん、と言えば可愛らしいが屈んで丸くなっていても分かる程に背丈のあるだろう広い背中があった。商品を選んでいるのか、手にした商品を眺めては戻すを繰り返している。 「行くぞ」 背高そー、とその背を見ていたら空は先に入店しており返事をする前に優に手を引かれ蛍も後に続いた。 ちょっとしたスーパー、との言葉に違いはなく学園内だと知らなければ気づけない程の広さと品揃えだ。強いて言うなら店内に流れる弦楽器がメインの優雅なBGMや、レジに立つ百貨店で働いていそうな清廉された雰囲気のある男性店員が見知ったスーパーのイメージとは少しズレている位だろうか。 優は蛍を自分と空の間に誘導し自身もカゴを手にした空に着いていこうとすれが視線を感じて振り返る。店の外には先程散ったはずの生徒たちが既に戻りつつあった。まぁいいかと鶏肉選んでいる二人に並ぶ。 「鶏肉は毛穴が盛り上がってるやつが新鮮なんだって」 「調理できなくてもそういう知識はあるよな」 火がダメなだけだから、と笑う空の隣で蛍は「どれも新鮮そうだな」と一番手前にあったものをカゴに入れた。蛍は親子丼に必要なものを思い浮かべながら空を見る。 「調味料って部屋にあったっけ?」 「最低限はあるよ、あ、みりんは無かったかも」 みりんとこの先使いそうな調味料数点、玉ねぎ卵とカゴに入れて行き夕飯に必要なものはこれで良しと、最初の目的であったお菓子の棚へと足を運ぶ。 「……」 そこにはまだ先程の長身が変わらぬ体勢で居た。近くで見ると余計に大きく見える。 そんな体格なので棚の真ん前で屈まれてしまうと通路を塞いでしまう、男は色とりどりのパッケージから目を離すことはなくこちらには気づかない。それと外の群衆も最初より人数も増え賑やかさも増しているような気がした。 そんなに見なくても、と気にしないようにはするが流石にこれだけ視線があると難しいと蛍は苦笑する。 「天野さん、お仕事はいいんですか?」 視線も蛍も気にすることなく長身が陣取っている隣の棚で商品を物色し始めた優の隣で空は丸まる男に声をかけた。 その声は烙に向けられていたものよりも丁寧ではあるが、壁のようなものは感じない。気づいたらしい男はお菓子を手にしたまま顔を上げるとあれー、と笑ってみせた。 「花ちゃんじゃん、ここに来んの珍しいね。てか、仕事とか花ちゃんに言われたくねー」 綺麗に整った彫りの深い彫刻の様な顔から作られるよく言えば人好きのしそうな、優の言葉を借りれば締りのないダラしない笑顔。一層外の賑やかさが増していた。 「夕飯の買い出しに、そちらの会長さんと違って私はやる事やって定時帰宅が信条ですので」 「あの仕事中毒(ワーカーホリック)を引き合いに出さないでよー、……あれ、その二人新入生だよね」 知り合いらしいと口を挟まずにいたが急に話題の矛先がこちらに向いた。視線を上げればこちらに向けられる優しげな緑と目が合う。 「相変わらず生徒資料ちゃんと目を通してるんですね、弟の優と蛍です」 宜しくお願いします。と告げた空の言葉を聞いて男は弟……とじっと下から二人を覗く。それに答えるように二人は男の方へ体ごと向き直す。 二人を交互に見やったり空の方へ視線を移したりしていたかと思えばあっと、口にしながら男はゆっくりと立ち上がった。 「低い方じゃないんですけど、貴方の側に立つと首を痛めそうですよね」 苦笑とともに零されるがそれもそうだろう。空も180には惜しくも届かないが決して低くは無いし、双子も平均身長はある。蛍の方は割とギリギリだが。 それでも、男は頭ひとつは身長が違う、2mはあるだろう背丈は確かに顔を見ようと思えば首も痛めそうだ。 「しょうがないじゃん、成長期なんだから」 まだ伸びている、と暗に告げる口ぶりに三人とも内心羨む。それこそ三人とも成長期真っ只中のはずなので空もすぐに180の大台に乗れるだろう。 「そうだ、優ちゃんと蛍ちゃんだよね。ごめんねー、選ぶの夢中で気づかなくって」 そう言って男はショーウィンドウ側へと数歩寄って棚の前を空ける。外は沸いていた。それも慣れているのか気にすることなく男は二人から視線を逸らさず続けた。 「俺、生徒会書記の天野(アマノ) ウィルト、三年。ハーフだけど授業は英語がいっちばん苦手」 よろしくーと笑って見せた。 キャーっとガラス越しの歓声に外に蛍は肩を跳ねさせる。それに気づき空は内心舌打ちをするが「何故まだ居るのか」とスっと外を一瞥するだけに留めた。 優は冷ややかな顔をした空からなのか外の群衆からなのか、蛍を隠すように位置をずれる。ウィルトはそれを見て態とらしく目を見開いてみせた。 「ずいぶんと過保護なんだねー」 「貴方も十分こちら側だと思うんですけど」 何の話かと思ったが、それ以上お互い特に何も返すことはなかったので蛍は優の隣に並ぶように前へ出た。 「初めまして、花ノ宮 蛍です。書記の、えっと」 言い淀む蛍にウィルトは優しく首を傾けてみせる。 「名前の方でいいよ、今年一年に俺の弟上がってくるから苗字だとクラス同じだった時にややこしいし」 「じゃあ、えっとウィルト先輩、宜しくお願いします」 「どうも、優です」 「はーい、よろしくね。うちの弟とクラス一緒かなぁ、そうなったらそっちもよろしくね。優ちゃん蛍ちゃんは双子なんだっけ?」 「はい、あまり似てないってよく言われるんですけど」 「えー、そうかなぁ」 長いコンパスの有効活用か、ゆっくりとした動作ですぐに間合いを詰めると並ぶ双子の頭へとそれぞれ手をやった。 ゆっくり、髪を梳くように数度撫でるとまた頂点へと手が戻り降ろされる気配は無い。そのまま上から観察するように顔を覗かれる。 「二人とも地毛だよね?ちょっと猫っ毛なのお揃いだし、蛍ちゃんはちょっと色白だけど髪と目も形は違うけど色はそっくりだよ。そう言えば、優ちゃんの目つきは花ちゃんに……」 そこまで言って音が止まる。言葉を紡ごうとはしているが声だけが出ず、口は開きっぱなしなので間抜けな表情になるはずだが持ち前の造形の良さでカバーしている。 そんなウィルトの前で優は一切構えることなく、寧ろポケットに手を突っ込んだままで先輩の前で如何なものかという佇まいだ。 一方蛍はウィルトの手が頭に乗せられるのを止めようとして間に合わなかったのか、自身の顔の横あたりでその手を降ろすことも出来ずにさ迷わせている。その顔は肌の白さのせいか耳まで赤く染っているのがわかった。 「あの、外、人が……」 「解放してもらっても?」 微塵も照れた素振りのない優の言葉にウィルトは弾かれるようにパッと手を上げ、降参ポーズのままウィルトは改めて蛍を見た。先程までウィルトの手があった場所に自身の手を重ねてまだ顔を赤くしている。 じっとこちらに向けられる視線に気づいた蛍が慌てたように口を開く。 「い、嫌とかではなくて!寧ろなんか撫でるの上手だ、な、とか……ちが、違くて!!あの、人が!なんか沢山いて、ちょっと見られるのがですね」 ワタワタと失言を交えつつ照れ散らかす蛍の前でウィルトは完全に動きを止めていた。依然、口は開いたまま。 ギャラリーも増えてきて、もう色々と面倒臭いからさっさと会計を済ませないかと優は空に視線を送るが、微笑み返されただけでまだこの場を離れる気はないようだった。更に面倒臭い予感がする、と優が意味もなく外に目をやったのが先かウィルトが動いた。シャッと軽い音がしてショーウィンドウに設置されたブラインドが降ろされる。ブラインドの紐を握っているのはウィルトだ。おかげで視線は無くなったが、勝手に閉めて良かったのかと反射で横を見ていた蛍に影がかかる。 「花ちゃん、この可愛げが弟にあるべき姿だよ」 ほぼ頭上から覆い被さるように蛍にそっと抱きついたウィルトはしみじみと空に話しかけていた。蛍は照れや驚きも超えて固まっている。 「世界一可愛いのは分かりますけど、俺の弟なんで諦めてください」 「ちょーっと気にかけるくらい良いでしょー、……と言うか寧ろそれが目的でしょ」 最後はしてやられた、とわざとらしく恨めしげに言ってみせるがその手は変わらず優しく蛍を抱きとめたままだ。 いつものように言葉は返さず笑うだけの空に、それを肯定と取るがウィルトは特に責めもせず文句もない。いっそ満足そうにも見える。 「優ちゃんは本気で嫌がりそうだったからしなかったけど、入る?」 片方の手を広げて開けてみせる。口には出さないものの優は心の底から「何言ってんだこいつ」と気持ちを込めて睨んでみせた。と言うかさっさと蛍を離せと思っている。 ウィルトはそんな視線も全く気にせず手を戻す、と思いきやそのまま蛍の頭へとやり柔らかい髪を遊ぶように撫で始めた。 「だよねー、優ちゃんはうちの弟と同じタイプだ。て言うか蛍ちゃん動かなくなっちゃったんだけど、生きてる?」 名を呼ばれハッとする。先とは違って人目がないからか分かりやすく照れてはないようだが、普通に困惑はしている。初めましての挨拶も早々に先輩に抱きつかれれば当然だ。寧ろ殴ってでも止めない蛍の警戒心が無さすぎると言ってもいい。 モゾモゾと抱きとめられた胸から顔の自由を確保し見上げるようにウィルトの顔を探す。 「あの……?」 「腕から逃げないのバカ可愛いね〜、もうなんでもしてあげちゃう」 元々、垂れ気味で色素の薄い長いまつ毛が影を作る目元はその温厚さが伝わる表情と声色あってか初対面でも気後れすることなく居られるものであったが、いま蛍が見上げた先の優しく滲む緑色はどうしてかよく見知った雰囲気があるなと思わずじっと見返してしまった。 探るように向けられる視線をウィルトは不快に思わず、むしろ一層目元が緩み蛍の髪を梳く手を止める様子もない。 「生徒会室に置いちゃダメ?」 「させません」 「嘘じゃん、そんな事したら大変なのは分かってるしー」 気持ち的には割と本気だったが、同じくらい良くないことになるのも重々承知しているのでウィルトはあっさり諦める。 戯れだと承知しているはずの空の目は若干据わっていたが。 「もう帰らなきゃかなー、そろそろ中まで押し寄せて来そうだし」 ウィルトはブラインド越しに外を見ながら名残惜しそうに蛍を解放した。訳の分からない蛍は変わらず棒立ちのままだ。 長考していた割にパパっと二、三適当にお菓子を手に取るとウィルトはレジへと向かっていく。振り返り、落ちる横髪を耳に掛けながら 微笑んだ。 「お疲れ花ちゃん。優ちゃんと蛍ちゃんもまたねー」 また遊びに行くねーと会計を済ませた商品を手にウィルトはコンビニを後にした。 ゆるりとした雰囲気を纏っているのに嵐のような人だった、と唯一その被害を受けた蛍は唖然と立ち尽くす事しかできずにいた。
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