入寮

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ウィルトは弟、という存在が好きだ。 拙いが喋るようになり自分の後ろをてとてと必死に着いて歩く二つ下の弟を見た時、こんなにも庇護欲を唆られ無条件で愛おしいと思える存在があるのかと、幼いながら感動を覚えた。 自覚してしまえば、そこからはもう遠慮することなく猫可愛がりが始まり弟に物心が着く頃に言われた「にーにじゃま」の一言、ウィルトは本気で寝込んだ。 まだ言葉も話せない幼い頃は瞳も父親の影響で青く澄んでおり、自分と揃いのブロンドも相まって本当に天使なんじゃないかと両親に訴えた程だったのに。 成長するにつれその瞳もヘーゼルまで落ち着いたが、その愛らしさがなくなったなんて事は微塵もない。変わらず可愛いままだ、とウィルトは思っている。 そんな弟も、小等部高学年に上がる頃からあからさまにウィルトを鬱陶しがるようになった。 「これが反抗期……!」と弟の成長を喜んだのもつかの間、年々ドライさを増していく対応にシンプルにウザがられている、と気づいた時は人生で二度目の心が折れる音がしてまた寝込むところだった。 その頃には既に中等部でも生徒会として忙しくしていた為なんとか気合いで乗りきったが。 こんなに可愛い弟が目の前にいるのに可愛がらせて貰えないとなると、余計に弟という存在に手を伸ばしたくなる。ここだけ抜き取ると犯罪者臭いが、ウィルトは純粋に弟という存在を可愛がり世話を焼きたいだけである。 「弟ってやっぱ、素直でお兄ちゃん大好きで……ちょっと抜けてる位が可愛いよねー。感情が分かりやすくて、恥ずかしがり屋さんだともっと可愛いかも」 常日頃からこんなことばかり考えて、それでも生徒会室で書類を捌く手は止めないウィルトが休憩がてら甘いものでもとコンビニに寄ったのがつい先程。みんなの分もと適当に選んだ商品の入った袋を機嫌よく揺らしながら生徒会室へと帰るところだった。 無意識に鼻歌を歌いながら軽い足取りで歩くウィルトに、通りがかった生徒はガン見した後赤面する。数名の生徒が被害にあいながらもそれを気にとめないウィルトはたどり着いた扉をノックも無しに開いた。 「たっだいまー!」 機嫌がいいんだろうなと疑う余地のない入室に唯一生徒会室に残っていた男、生徒会長は積み重なり最早山脈を作り出している書類の山からゆるりと顔を覗かせた。 「もー、居ると思ったけど顔終わってるよ?」 ウィルトはほんのり充血した目と隈の目立つ顔にまたかとため息を零す。会長は手元の書類に視線を戻すと再びペンを走らせ始めた。 「煩い、仕事があるなら片付ける。明日は入学式でただでさえ時間がないんだ」 「急ぎのやつじゃないでしょーそれ。そだ、みんなはどこ行ったの?」 「……知らん、(あい)は使いに出したが他は昼飯に出てから戻ってない」 ペンを握る会長の手に僅かに力が込められたのを見てまた逃げられたかと肩を竦める。ここまで根を詰められれば分からんでもないが、と手にした袋を漁り取り出したものを会長の眼下に差し出す。 書類の上に乗せられたそれを無視は出来ず、顔を上げると大袈裟に笑顔を作るウィルトが見下ろしていた。 「一旦休憩、ね。効率って大事じゃない?」 ここが引き際か、と会長もペンを置き大人しく差し入れを受け取る。 朝から一度も使われることがなかった背もたれに凭れ掛かるのを見届けてウィルトも自身の定位置に腰を据えた。 「で、お前はなんでそんな上機嫌なんだ」 パキッと音を立て開けた栄養ゼリー片手に会長が話す。朝から何も入れていない胃には丁度いい。 雑談モードに入り暫くは休んで貰えそうで、よしと内心頷きウィルトもチョコ菓子を開けながら答える。 「んっふふー、花ちゃんのね弟くんに会ってさー」 「……あぁ、風紀の。そういえば花ノ宮姓の新入生が二人居たな、それがどうした」 手元に来る書類には内容はなんであれ、一度は目を通しているような会長なので当然のように存在を知っていた。話が早くて助かると会長にも菓子を一つ投げて寄す。 「それがさー、めちゃくちゃ俺好みのかわい子ちゃんでさ、あ、蛍ちゃんの方ね?優ちゃんはリリと同じタイプだった」 「……好みってそういう事か、お前もついに手を出そうとしてるのかと」 「やだなぁ、俺がそんな誰彼構わず手出すような事しないって知ってるでしょ?」 「ここに居て染まらないのが不思議な位にな。で、お前がそんな顔する位そいつは可愛い弟だったのか?」 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにウィルトは姿勢を正した。会長は失敗したかと一層背もたれに体重を預ける。 「蛍ちゃんね、花ちゃんの弟だって言うからもっと腹に一物ある感じ想像してたのにちょー、可愛いの。頭撫でた時の照れた顔とか、抱き締めた時にぽかんって固まってるのとか、人目があると恥ずかしいけどスキンシップ自体に抵抗ないのは普段からお兄ちゃん二人に可愛がられ慣れてるからなんだろうねー」 「手出してんじゃねえか……可愛がる?花ノ宮が?」 信じられないとこちらを見る会長に気持ちはわかるとウィルトは頷く。 「すっごい分かりやすくね。そう言えば校内案内もしてるっぽかったけど朝から一緒なのかなぁ、あっちも忙しいはずなのに」 「だろうな、風紀のが一人来てた」 「探されてんじゃんー、でも仕事は終わらせたって言ってたよ」 「やはりこっちに引き込めなかったのが惜しいな」 「会長があんな人殺した後みたいな顔で仕事しるのが悪いんじゃん」 空は風紀と生徒会、どちらからも勧誘の声がかかっていた。 優秀な人材が欲しいのは当然で、双方譲ることは無く「どちらも体験してから決めます」との空の言葉に両人承諾しそれぞれ一週間ほど仮で仕事をしたのが空が一年の後期の時。 が、その当時、つまり昨年度の生徒会長がやたら曲で 「引き継ぎ?知るか、仕事くらい自分で把握しろ」 「そんなことも出来んで次期生徒会?俺の後輩共は笑わせるのが上手いな」 「俺は放任主義だと言っているだろう。これは教育だ」 ことある事に自分でやれだの、お前らはまだまだガキだの、最終的に「放任主義」を謳い卒業し学園を後にするその日まで、一切手を貸す事はなく生徒会室に入り浸っていた。 その間四苦八苦する現生徒会を煽り笑い、反応を見て楽しんでいるような凄く性格の歪んだ男だ。もう二度と会いたくない、と現役員の気持ちは一致している。 そんな最悪の環境を空は目にし、しっかり一週間手伝った上で生徒会への所属を辞退した。 空が現在、風紀に所属しているのは「役員としての地位は欲しいから」とほぼ消去法で決めた。まだマシ、というだけで決して暇ではないのだが。 「やめろ、アイツの話題は」 皺を深めた眉間を押える会長。頭痛そうな顔ばっかしてるなと軽く謝罪しつつ、暖かい物でも入れるかとウィルトは給湯室の扉に手を掛けた。 「ウィルト先輩ってスキンシップ凄いんだね、ハーフだから?」 ウィルトが去った後、蛍たちもお菓子を見繕い会計を済ませ寮へと帰る道中だった。袋を手にした空は隣を歩く蛍に頷く。 「確か、お父さんがアメリカで貿易会社をやってるんだったかな」 「やっぱり家族に外国人がいるとハグとかよくするんだろうね」 ちょっとびっくりしたけど、と笑う蛍のまた隣。 アレはどう見ても変態だろ、と内心毒づく優がふと道の脇に目をやると緑色の何かがモゾモゾと動いている。 「……」 見なかった事にしようとそっと視線を戻したが蛍があれ、と口にしたのを聞いてダメだったかと足を止める。 「泉さーん!何してるんですかー?」 少し距離のある緑、もとい泉に声をかけるとピタッと動きを止め恐る恐るといった感じでゆっくりと振り向いた。 「やー、そりゃ蛍くんが居たら両サイドに居るよね、そうだよね……おっと、早く応えろってサイドの視線が痛い!怖い!何でもないよー!ちょっと寮まで荷物があるだけ!!」 「俺たちも帰るとこなんで手伝います!」 「待って待って待って、そんなん畏れ多いと言いますか……いやなんだ畏れ多いって相手はやんごとなきどっかの家のご子息かもしれないけど?言うて子供だし?俺先輩だし?蛍くんはめちゃくちゃ純粋に手伝おうと」 「わ、結構量ありますね」 「ぎゃんッ!心の準備がまだなのに!ありがとね!!」 駆け寄ってきた蛍の言うように荷物と言われたダンボールは蓋が閉じられておらず中身が見えていた。ラッピングの施された小包がいくつも入ったそれが二箱、泉の足元にある。 「これ一人で運んでたんですか?」 「やー、見た目ほど重さはないからイけると思ったんだけど重ねると視界塞がれちゃってさー。どう見ても高そうなやつばっかだし落とすの怖くて無茶苦茶慎重に運んでんの、三年の寮にこっちの生徒の荷物が混じってたみたいなんだよね」 話を聞きつつ、重くないとの事で蛍は一箱抱えてみる。持てなくは無い、がしっかりと重量があった。これを二箱、三年の寮から運んできたのかと泉のツナギの下にあるであろう筋肉に思いを馳せる。 「お、案外力持ち」と少々失礼な野次を飛ばす泉を遮るように蛍の手から荷物が攫われた。 「行くぞ」 取り上げた荷物を軽々と手にしながら優が先陣を切って歩きだす。 「はい、蛍はこっちね」 差し出されたそれはさっきまで優が持っていたレジ袋、中身は菓子類ばかりで重さがないのは空が店員に耳打ちをしていた為だ。その他が入った袋を手にする空は双子のどちらにもわかりやすく甘い。 「優くんありがと!」 袋を受け取った蛍は先を行く優に続く。空も追いつくと和やかに会話を始めた。 「俺が言い出したのに、俺も筋肉つけたいな……」 「蛍は体力つけるとこからだね」 「……筋肉は必要ねぇだろ」 「優くん何か言った?」 「なんも」 「ちょ、目の前でスマートに荷物掻っ攫って行ったのはカッコイイけど?!俺を置いてかないで!!」 泉はここまで慎重に運んできたと言っていた荷物を乱雑に抱えるとバタバタと走って三人の背中を追った。器用に中身を落とすことなく、追いついた頃には肩で息をしている泉に空はにこりと微笑むだけだった。 「それ怖いんだって、やめて下さいお願いだから。あ、荷物は受付のとこに置いててくれたらいいから、ありがとね!」 「了解」 「でも、こんなに沢山凄いですね。何人分くらいあるんだろ」 「一人分だよ、これ。」 「え」 わかりやすく驚きをみせる蛍に隣を歩く兄二人も少しはこれ位可愛げを見せてみろ、と思いつつ口には出さない。今更かもしれないが。 「三年に兄貴が居る子でさ、家からの荷物みたいなんだけど何をこんなに送るもんがあるんかねー」 「それだけお子さんが可愛いんですよ」 「いや何目線なんですそれ?花ノみ、や……はもうややこしいのか、えー、誠に恐縮ではあるんですが空さんとお呼びしたく。で、その空さんも言うて一個上なだけじゃないのさ」 「一年も二人と離れていたので、ご両親の気持ちは痛いくらいにわかります」 半歩後ろを着いてくる泉にだけ聞こえるように告げられた言葉。泉はよく一年も我慢できたなとむしろ感心する。もちろん、長期休暇の度に帰っていたのは知っているが。 「……良かったですね、弟さんたち来てくれて」 「なになに?なんの話し?」 「なんでもないよ」 泉へ特に返事はせずこちらを振り返った蛍へと微笑む。もうその顔が答えなんだよな、と見えてきた寮の入口に胸をなで下ろした。
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