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お父さんの誕生日
「珍しいよね、確かに。4月31日生まれ」
「うん」
「お父さんが4月31日生まれの訳を知りたい?」
「知りたい」
僕の前にはお父さん。
薄い眉、細くて長くて垂れた目。
大きな鼻。それから、長くてとがった顎。
これはきっとまだ8歳の僕の未来の姿に違いない。僕たちの顔が違うのは、その大きさとお父さんの肌が日焼けで真っ黒なこと位。僕の肌は真っ白だ。
「国連でね、エイプリルフールをやめにしようって、決まったんだよ。お父さんが生まれる前の年」
「国連って、何?」
「国連は、世界の国が集まった国会みたいなもの」
「ああ。わかった。でも、なんで?」
「みんな調子に乗りすぎちゃったんだな、その当時」
「うん」
「4月1日。家から一歩出ると、みんな嘘しか言わない」
「へ?」
「近所の人に挨拶すると、さっき駅の方になまはげが出ましたよ、って」
「あはは。楽しい」
「会社に着くと、新しい部長は人類じゃないらしいって。ほら4月1日だからね、人事異動がある」
「人類じゃないって。宇宙人?動物?」
「ははは。ね。それから、町だって変。ラーメン屋さんの看板に「牛丼」とか書いてある」
「食べたいものが食べられない」
「リサイクルショップの看板に「美容室」とか書いてある」
「ちょっとだけ合ってる」
「国会ではおかしな法案が沢山出されてね。国会で遊んでる」
「国会。国会までエイプリルフール」
「うん。鯛焼きは頭から食べないとならないって法案。鯛焼き法」
「そんなのどうでもいい」
「たこ焼きの蛸の大きさを規定する、たこ焼き法」
「時間がもったいない」
「ね。まあ、他愛もない嘘ならまだいいけど」
「まだあるの?」
「うん。信号が全部点灯してる。赤青黄」
「事故が起きる」
「怖くて運転できないね。電車のダイヤも出鱈目。出かけられない。新聞には嘘しか書いてない。テレビのニュースだって嘘。天気予報も嘘。警官も裁判官も嘘をつく。勿論学校の先生だって」
「ひどい」
「ね。で、それは当時、世界全体で起きていたことらしくて、世の中すべてが混乱。遂に国連で、4月1日を失くす法律が作られてすぐ施行された。それで、お父さんが生まれた年には、4月1日がない。その代わり」
「4月31日があるんだ。お父さんはその日に生まれた」
「うん」
ははは。
「ねえ。お父さん。嘘だよね、それ。今はあるもん、4月1日も、エイプリルフールも」
「いや、だから。その後これじゃ都合が悪いってんで国連が」
「もうわかったからさ。何?たこ焼き法って」
「あはは」
僕はパソコンの画面越しにお父さんを黙ってじっと見た。
お父さん、照れくさそうに顔なんか掻いてる。僕は今日はお父さんに言いたいことがあった。
「あのね。僕が大きくなったら、お父さんと同じ仕事がしたいってお母さんに言ったんだよ」
「え?ほんと?でも」
「そうしたらお母さん、泣きだしちゃって」
「ああ」
お父さん、下を向いたまま黙ってしまった。
「お母さん、なんであんなに」
「お父さん、ずっと帰れないからね、日本に。お母さんに恨まれてるんだ」
「でも、こうしてネットでお話できるのに」
「まあね」
お父さんがアフリカの小さな国の、小さな村に仕事で派遣されたのは僕が2歳の頃だったらしい。それから一度も日本には帰ってきていない。僕は、このパソコンの画面の中のお父さんしか知らない。
「さっき、お父さんの誕生日を知りたいって、お母さんに聞いたんだよ。そうしたら、4月31日だよって。それでカレンダー見たら、ないじゃん。4月31日。4月は30日までだ」
「ああ」
お父さん、ちょっと寂しそうに笑ってる。
「なんでお母さん、そんなこと言ったんだろう」
「ちょっといじわるしたのかもね」
「ねえ。お父さんの本当の誕生日はいつなの?」
「今日だよ」
今日はエイプリルフールだ。
「嘘でしょ、それも」
「これはホント。ほら」
お父さんは、画面越しに赤いセーターを見せてくれた。これ、見覚えがある。お母さんがこの間まで編んでたやつだ。
「一昨日届いた。アフリカだから暑いって思うかもしれないけど、このあたり夜は結構冷える。助かるよ」
「お母さん、僕に内緒で贈ってたんだ」
「誕生日が4月31日って言ったのも、エイプリルフールだからだよ。許してあげて」
なんかずるいな、お母さん。
「僕もなんか贈りたかった」
「ごめんね」
「でもね。今日はお父さんに伝えたいことがあります」
「え?何?」
「お母さんが、僕から言えって」
「うんうん」
「あのね」
「うん」
「今年の夏休み、お母さんと一緒にお父さんの所に遊びに行く」
「え?」
「お父さんみたいな仕事がしたいなら、見ておきなさいって」
「あ。まさか」
「何?」
「それもエイプリルフール?」
「そんな落ちはつけないでしょ、この流れ」
「そうだね」
「あ。言い忘れてた」
「はい」
お父さん、お誕生日おめでとう。
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