画面越しのその次は

1/1
前へ
/1ページ
次へ
『バカは風邪ひかないってやっぱ嘘なんだな』 季節の変わり目、日も登りきった時間だと言うのにベットの上に寝転がる佐々木 日葵(ササキ ヒマリ)は毛布に包まりスマホを弄っていた。高校二度目の春休み、遊びに誘う友人たちに「風邪ひいちゃって、ごめんね」と断りの連絡を入れているとトーク欄の一番上に固定された相手の通知が光る。どうして知っているんだとトーク画面を開く、結果としては自分が友人宛の断りを誤送信しているだけだった。頭が動かないとダメだな、とスマホを手にした腕をシーツの上に投げ出す。すごくしんどい、という訳では無いが若干の熱をもった体なのに肌寒く感じるあたり体調不良であると訴えてくる。こう中途半端だと暇だよな、とぼーっと天井を眺めていると手にしたスマホが震えた。画面を覗くと『既読無視すんな』と開いたままのトーク画面に新しいメッセージ。病人を労れとボヤきつつ画面のキーボードへと指を滑らせる。 『か弱い乙女を労れんのか』 『そう思うんならもう少しお淑やかにしろよ』 うるせー、と悪態とともにため息を漏らす。連絡を取っている相手は佐久間 零弥(サクマ レイヤ)、中学の同級生で高校進学と共に相手は東京へと引っ越して行ったが、何だかんだ今日まで似たようなやり取りを繰り返している。ある日ふと自分は零弥が好きなんだ、と自覚したのが高校一年の夏。恋バナに花を咲かせる級友たちの話をうんうん、と聞きながら自分にとって好きに当てはまる人物が零弥であると合点がいったのだ。かと言って、数年かけて構築されたいまの関係を壊すような真似はできず、ぐだぐだと同性の友達のような連絡を取ってしまう。そのやり取りすらも嬉しく感じてしまうのだから、恋というのは本当に厄介だ。今だって悪態をつきながらも次の話題を探している。 『今から犬の散歩いく』 震えたスマホに表示されたメッセージ。普段からこういうなんて事ないやり取りが多い。 『暇だから散歩の実況してよ』 『あほ、今部屋?』 『うん』 『ビデオ通話』 は?と固まっていると本当に電話がかかってくる。こんな部屋着姿のボサボサ頭を見せられるはずがないと一瞬で色々考えた末、こちらのカメラはオフにしてとりあえず電話には出た。 『遅い』 僅かな風のノイズと共に声が聞こえる。画面に移るのはアスファルトの上を歩くリードを付けた犬と零弥のであろう足元。 「いや、人前に出れる感じじゃないからねいま」 『カメラ切ればいいだろ』 「ビデオ通話の意味」 動揺が声にのらないように至っていつも通りを装う。通話の経験は何度もあるがビデオ通話は初めてだ。こちらはカメラをつけなくても良いようでひとまず危機は逃れた。話しながらも普通に散歩を続けており犬はタタタと跳ねるように短い足を動かしている。 「てかなに?」 自分のこういう可愛くない物言いが本当に好きじゃない。話終わると毎回一人反省会を開いてしまうが、意識すればするほどこうなってしまう。 『今から登る山に桜あるんだよ、沖縄にないやつだろ?』 「そりゃそっちのみたいに儚い感じの桜じゃないけど」 日葵が住む沖縄にも桜はあるのだが、よくニュースで見るような淡いピンク色でヒラヒラと花弁が散る桜とは違う。こちらのはもっと色の濃いピンク色で花は一輪ごとにボトッと落ちる。これはこれで鮮やかで綺麗なのだが。 『優しいから散歩ついでに桜見せてやるよ』 こういうとこだぞ、と相手に見えないのをいいことに胸を押え悶える。熱が上がった気さえした。どうにか呼吸を整え口を開く。 「おー、いいね。いつもの散歩コースなの?」 『や、たまに通るくらい』 つまり今日行くのは自分のため……?!と桜に負けないほど懲りずに脳内をピンク色に染めつつ、桜が見えると言う場所に着くまで取り留めもない会話を続ける。学校やバイトの話、最近ハマってるゲームや思い出話をしばらくしていればカメラが揺れた。 『着いた、ちょっと待ってリードあるから』 はいよー、と色気のない返事をしつつ揺れるカメラにちらっとでも零弥の姿が映らないだろうかと画面を凝視する。残念ながらそれは叶わなかったが。よし、と声が聞こえカメラが見上げるように上へと向けられる。 『いえーい、満開じゃん』 サァっと撫でるような風の音と画面を埋める一面の桜。絵のような風景だが風に舞う花弁が静止画じゃないと教えてくれる。ここまで立派なものが見れるとは思っていなくて思わず見入ってしまう。 『今年の夏、一回そっち帰るから』 しばらくお互い無言のままだったが不意に零弥が口を開く。急に?とかわざわざ教えてくれるって事は半日でも会ってくれたりするんだろうか、と考えてしまうのは仕方ないだろうか。どう返そうと言葉を探していると零弥が続ける。 『だから卒業したら日葵もこっち遊びに来いよ。花見に良さそうな場所探しとくから』 実質デートのお誘いでは?!とどうにか荒ぶる気持ちを抑える日葵にはもちろん見えないが画面の向こう、桜の木の下で零弥は慣れないことするもんじゃないなと人が居ないことに安堵する。熱を持った頬を誤魔化すようにしばらく風を浴びてから、夏の計画を日葵と話しながら帰路に着いた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加