し-な

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 "椎名-英治"、この町で生まれ育った男。三十後半とは思えない白髪だらけの頭。苦労人かと思ったが、いつも不満足ない笑顔を浮かべている、糸目の長身。  私の樹齢は百年を超えているが、彼の様な人間は未だかつて見た事がない――つまり話した事も触れた事も割った事もない――収集癖を持っていた。  執着や性癖などと同じ、犯罪の匂いを伴う、異様で病的な癖だった。  さり気なく右ポケットを触ると、何もなくなっていた。  隣を歩いているweb小説家が盗んだ事は直ぐに分かった。  椎名-英治はボールペンを集めるのだ。世界的デザイナーが制作に携わった逸品がオークションに出れば、一張羅を箪笥から出して飛行機を予約したし、百均で大人買いした事もあった。  そして、彼は人のボールペンをも平気で盗むのだ。  僕は彼との付き合いは、もう五年にもなる人間なので、この癖の事は知っている。  「おっと、失礼」  前から歩いてきた、恐らく中学生と思われる二人組が先に気を利かせ、避けてくれた。表内通は道端が狭い分際で、ガードレールは頑丈に作られているのだ。
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