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向こうから人が来れば、互いにどちらが急いでいないかを見極め、道を譲る。
後ろから急ぐ足音が聞こえたなら、自然な装いで端に避ける。
それがマナーなので、ここら一帯の住人は優しい。
いや、隣の椎名-英治はその凡例に当てはまらない。ダークグレーの精神を持つスリなのだから。
「妙だな...」
僕は椎名-英治に聞こえる声で呟く。
「妙、妙、妙…。僕がポケットに入れておいた、何かさんが、なくなっちゃってるぜ〜?」
「いやはや……推理作家の眼と云うのは、誤魔化せる代物じゃないようですね…。」
椎名-英治はこちらに顔を向けながらも、真っ直ぐ歩く。電柱が近付くと、ひょいと避ける様子から、彼はこの親しみ深い通の構造を完全に暗記しているらしい。
「この中にヒガシナさんの物があれば良いのですが…」
前を開けていたジャケットの右側をピシリ、と引くと、空港の保安検査に引っ掛かった密輸犯の様に、ボールペンがずらりと隠されていた。
「いや、いや、いや、いいんだ。返してもらわなくても。安物だし。その代わりと言っちゃなんだが、僕からの質問に正確に答えてくれ…」
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