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当時は売られたとは知らず、綺麗な着物を着て、美味しいものがたらふく食べられるからと言われていた。
家の手伝いをするのも、幼い弟と妹の面倒をみるのも、常に腹を空かせているのも嫌だった。
一番嫌だったのは、幼い妹が暁の背中で粗相することだった。
洗っても糞尿の臭いが残っているような気がして、妹を許すことはできなかった。
だから、そんな生活から開放されるのならと、喜んで女衒について行った。
もちろん、タダ飯を食わせてもらえるほど、世の中は甘くない。
(器量が悪いのなら、どこかの屋敷の下働きの下女にでもすれば良かったんだ)
思い出しただけでも、虫唾が走る。
器量が良くても悪くても、どうせ同じことを客として、運が悪きゃ病気になっちまうし、逃げ出そうとすれば捕まって死ぬだけ。
ここに来たばかりの頃から、数え切れないほど、女の死を見てきた。
優しくしてくれた姐さんも、意地悪だった姐さんも、病で死んだ。
病じゃなくても、逃げ出そうとすれば、男衆に捕まって、酷い暴行を受けたあとに死んでいく。
他の見世でも同じだ。
何も変わらない。
全部同じなのに、ほんの少し器量が悪いだけで、暁は大店の店主と会うこともなければ、旗本の息子と会うこともなかった。
三味線もできなければ、唄も歌えない。
ここで年季が明けるまで奉公しても、生きていく術はわからない。
(母親は売られずにいて、あたしは売られた)
最終的には、そこに考えが戻って来る。
あの家に産まれたこと自体が、人生を狂わせた原因なのだ。
どうしても、暁を手放さなければならなかった母親を思い出してしまう。
弟や妹は、あの家で暮らしているのだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
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