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轍の青女(7)
男子は彼女をつくって、できるだけ早期に「男になる」、女子は彼氏をつくって、できるだけ早期に「女になる」……これができない者は嘲笑の対象とされ、内々に不能・人間としての価値が無い者との烙印を押され、孤立してゆく……そんな空気は確かに流れていた。
経験者が鼻高々に彼氏・彼女との出来事を暴露していたのはこの背景があって、下地も出来上がっていたためである。
男子も女子も、誰かとヤれることが、寝れることが、己の価値だった。
ゆえに処女と童貞は罪深く、それだけで恥ずかしい状態であり、半人前で肩身が狭いどころか、その場では生きにくかった。
早漏だろうが、痛かろうが、血が出ようが、股間と股間でつながれる男子と女子は、その場では真の人間と見なされた。
間違いなく認められた実体を持っている、と周囲に自らを誇れたのである。
「自分は誰かの彼氏・誰かの彼女なのだ」との立場は、当人には勲章を得たに等しかった。
面と向かう相手が、そして場が、生徒であるわたしたちの接している環境がこうだったので、女子生徒の望まぬ妊娠も起きるし、性病に罹患してしまう男子生徒もいた。
「あの野郎、俺の女とりやがって、ぜってー闇討ちしてやらぁ!」
「あいつ、アタシの彼氏うばって……マジでムカつく、許せないッ」
…………こんな会話が教室の休み時間には聞こえてきた。
血生臭い戦地か、消毒液の香り漂う野戦病院なのか。
…………自分のことながら、落ち着いて考えてみると驚くより他ないが……避妊に関していえば、わたしはこれまで付き合った人に任せてきた。
孕まなくて幸運だったといったら、人間の存在意義にかかわる。
反生命的思想であるが、妊娠できる者が妊娠するとは、とんでもないことらしい。
こればかりはなんともいえない、暗黒の領域が垣間見える。
高校生のときや公務員になってからのわたしは「妊娠してしまったらどうしよう」なんて、怯えたりはしていなかった。
高校生のとき、妊娠して途方に暮れたのは、わたしの隣に座っていた中学校からの女友達だった。
抱えている矛盾点は認める、抗う気はない。
男の匂いと女の匂いは違っていても、それらが混じり合うのはなんとも嬉しいものだった。
高校生のときの初めての際も、小さな快感をおぼえたわたしは出血しなかったが、それは今でも忘れられない。
二人っきりでいたら彼が強襲してきて、殴られ蹴られた上に衣服をひん剥かれ、強姦されたという体験はない。
高校生のときは、男子も女子も狂っていた。
中学生から高校生になって、皆は狂ってしまったらしかった。
何をやってもいいんだ、と皆が揃って「羽目を外した」との表現は適宜とはいえない。
こうなるようにかなり以前から仕組まれていた気配がみえる。
……わたしもそうだったのか?
狂気に塗り潰された時期をなんとか乗り切るため、わたしは彼を利用したのだろうか?
……「白が好き」と言いながらも、黒い服を着ているわたしが、ここで囁く。
…………違う…………いいや、そうではない、と。
お互いが大好きで大好きでどうしようもない、わたしも彼も望んでの行為だったのだ、と。
そもそも、好きな人とする性行為は、暗黒の儀式ではないし、生け贄を用いた悪魔の召喚というものでもない、と。
純粋に嬉しい探究ができる、神聖な愛の行為ではないのか、と。
白にも黒にもなれないわたしは続けた。
…………それを隠して、利口ぶって否定していると、素晴らしい人間とみなされる。
みよ、不自然なことをすると、不自然な結果が生じてしまう。
真の人間が構築したのかも怪しい、誰もが従属するよう仕向けられている社会が根源的な問題を抱えていなければ、こんなことはまかり通らない。
…………正しい……正鵠を射た言が、奥意より響く。
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