おじいちゃんの小屋

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おじいちゃんの小屋

 お田植えが終わり、ようやく休める日が来たので、家族で父の作ったバーベキュー小屋に入り、孫たちも連れて父の家へ集合した。  舞は大きな農家の末っ子。  昔からお田植などでも手伝いに駆り出されたことはない。  同級生は今でも毎年東京から長野まで手伝いに帰ってきている。  ただ舞は兄弟の誰よりも実家の近くにお嫁に行っているので、頻繁に両親の世話をしに実家へ帰る。  父親が癌で倒れたときにも、母は車を運転できないので舞が病院への送り迎えを買って出た。  父は昔、この小さな町での議員をしていたので、町の名士として扱ってくれる人たちがまだいる。  父は、息子や娘に農家を継がせようとは思っていなかった。  自分でやりたいのならともかく、そうでないのに無理やり農家をさせるつもりもなかった。厳しい職業なのだということは誰よりも知っている。  今、全ての息子や娘が別の仕事をしているか、他家に嫁いでいるので、自分の家の田んぼは手伝ってくれる人を雇って行っている。  舞の家には3人の子供がいて、近くに住む舞の家の両親には良くなついていた。  あまりにも毎週のように帰るので、舞の父は孫たちの為にバーベキュー小屋をこしらえた。  小屋は屋根もあり、久も結構長くついているので、少々の雨は入ってこない。  せっかく週末に遊びに来ているのに、小さい孫たちにやれ、ご飯をこぼすな。ジュースを倒すなと、女性陣がうるさいので、外で食べられる小屋を作ったのだ。  せっかくならそこでバーベキューをすればもっと楽しいだろうと、小屋の壁には椅子をぐるりとしつらえ、背もたれもつけた。  小屋の真ん中にはブロックを積んで、火を起こせるようにして、鉄板や網が置けるように鉄を渡した。  ブロックは外側に、少し隙間を開けてもう一列積んで板を載せテーブルになるようにした。  炭と材料さえ用意すればすぐにバーベキューができるようにしたのだ。  その日も材料はスーパーで買い出しをして、小屋から少し下った自宅で野菜だけ簡単に切って小屋に入った。  お田植の終るこの時期に、ようやく桜が咲く寒い地方である。  お田植の終ったこの季節、小屋の近くの田んぼの土手に植えられた桜が窓からよく見える。  ようやく7分咲きといったところだろうか。ソメイヨシノ特有の薄いピンク色が美しい。  遠くの山桜も新緑の中にけぶるようにして山のところどころを染めるように、白っぽい薄ピンク色にぼんやりかすんで浮かんでいる。  お田植も雇った人がしてくれたのだが、農家をしている家の節目の一つなので、お田植えが終わった喜びで、みんなで集まってバーベキューなのだ。  小屋の中には15人は入れるので、兄弟が集まって、孫たちがいても大丈夫。食べ物をこぼしても地面なので土に帰るし、ジュースをこぼしてもテーブルと網の間にも隙間があるし、自分にかかりさえしなければ叱られることもない。  孫たちはのびのびとごちそうが食べられるこの小屋が大好きなのだ。  孫たちがせいせいとした空気の中で、桜もほどほどに眺めながら舌鼓を打っている間、大人たちはこの春の良い季節を耳でも楽しむ。    外からは春の鳥の声も聞こえる。ヒヨドリ、ひばり、雀。  あの綺麗な声はガビチョウ。山鳩の声もする。  そして、鶯がまだへたくそな歌を練習しているのが大人にはおかしくてたまらない。  今年も田んぼが始まったねぇと、季節の区切りを思いながら、春は桜を見る。  夏はカエルの声を聞きながら育っていく田んぼの上を通る風に吹かれる。  秋は実った田んぼ、もう稲刈りの終った田んぼなどを眺めながら里山の紅葉を少し遠くに見る。  冬は厚着をして寒い中だけれど、小屋が風をさえぎってくれるから、熱々のお料理を田んぼに積もった雪を見ながら楽しむ。  こんな素敵な小屋を作ってくれたおじいちゃんは去年亡くなってしまったけれど、残されたおばあちゃんが寂しくないように、自分の子供達がこの実家の周りの景色を忘れないように。  みんなでおじいちゃんの小屋で、四季折々のお花見をしていこうと、舞は心に決めているのだった。 【了】      
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