2人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前さんの得意な妖術で満開にしてくれや。夜桜を見ながらの酒盛りは最高の花見だろう」
「……ただの幻術ですよ。幻想。幻。幻覚。幻影。虚像」
「それでも構わん」
私はまた小さく息を吐き、瞬く間に庭園に満開の桜を咲かせた。
この庭園に桜の木が植えてさえあれば、今頃本物の桜が咲いていただろう。
残念ながら、散った後の虫がいやだと言うなんとも現実的な理由で、うちの庭にあるのは松の木だけだ。
「圧巻だなぁ。やっぱり日本の春はこうでなくちゃあな」
天狗は満足そうに笑って、気分良さそうに酒を呷った。
月明りに照らされる満開の桜を見ながら、私も手に持っていた盃を傾けた。
「おぉ! 庭に満開の桜じゃ!」
「夜桜とは風情がありますね」
「子息殿の妖術かな? 見事だ」
「どうじゃ? これを機に貴殿の庭にも桜の木を植えると言うのは」
「それはそれ、これはこれ。そんなに言うなら、お前のところで植えればよかろう。次の宴会はお前の家だな」
「……手入れが大変そうじゃなぁ」
遠くの廊下で賑やかな声がした。
どうやら宴会をしていた酔っぱらい連中が廊下に出て来たらしい。
向こうは向こうで私の幻術を肴に酒盛りを続けるのだろう。
「向こうは随分と賑やかだな」
「貴殿もあちらへ行かれては?」
「賑やかなのもいいが、俺はこういう静かな場所での花見酒も好きだからいいんだ」
遠回しに一人で飲みたいと言ったつもりだったのだが……。
伝わっていて無視されているのか、酔っぱらいには伝わらなかったのか。
相手が相手だ。前者だろう。
なぜだか彼は昔から、私が一人でいると構ってくる。
最初のコメントを投稿しよう!