夜桜と幻

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「んぐ……ぐごぉ。ぐがぁぁぁあ」 今の今まで静かだった天狗がいびきをかきはじめた。 これでは花見も台無しだな。 私は「はぁ」とあからさまなため息を吐き、酒壺と盃を持って立ち上がった。 廊下を歩くにつれて賑やかな声が大きくなっていく。 酒を呷る酔っぱらい連中に渋々近づき、父の近くへ寄った。 「向こうの縁側で天狗殿が寝ております。あとは任せます。私ももう寝ます。おやすみなさい」 「おぉ、そうか、そうか。ゆっくり休め」 「もう寝てしまうのかの? まだまだ夜は長いぞ?」 「そうですよ、坊ちゃんも飲みましょうよ」 「ほれほれ、こっちへ来い」 私は赤ら顔の連中に向かって満面の作り笑いを浮かべ、「おやすみなさい。皆さんもほどほどに」と言って足早にその場を離れた。 自分の部屋の襖を閉め、「ふぅぅ」と長めに息を吐き出した。 あの天狗は父たちがどうにかするだろう。 おそらくほかの妖達も今夜は帰らず、朝方か昼まで座敷で転がっているのだろうな。 「よくやるよ……」 小さく呟いた私は、敷かれていた布団に寝転がる。 そこで手に握ったままだった桜の一片に気がついた。 手を開けば顔に落ちて来る。 人差し指と親指で拾い上げ、まじまじと眺めた。 我ながらよくできた幻だ。 ふぅっと柔らかく花びらに息を吹きかけて妖術を解けば、端から光の粒になって消え去った。 天狗も、酔っぱらい連中も、こんな幻の何が良かったのか。 私は瞼を閉じ、襲ってきた睡魔に身を委ねて意識を手放した。 了
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