もののあはれ

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 放課後、僕は霞と一緒に裏山に向かった。  この星にはハープのように美しい声で鳴く鶏がいる。その鳥は滅多に姿を現さない。綺麗な青い鳥で学校の裏の岩山の奥に住んでいるというが、あくまで噂だ。  もしかしたらその鳥の糞なら、肥料になるのではないか。  そんなわずかな期待があった。殆どダメ元だったが僅かでも可能性があるならそれに賭けたかった。 「鳥を捕まえるなんて難しいわ」  霞が言った。 「知ってるさ。卵を孵化させて育てればいい」 「卵こそ見つけられなそうだけど」  僕達は歩きながら食べ物の破片をあちらこちらに蒔いた。鳥を誘き寄せるためだ。姿を見ることができれば住んでいる場所がわかる。  無言で僕達は山を登り続けた。その日は鳥を見つけられなかった。次の日もその次の日もーー。だが、1週間ほどして岩山のある一箇所の餌がなくなっていることに気づいた。この近くに取りが住んでいるに違いない。だがどこに? 鳥が巣を作るような場所はどこにもない。  1ヶ月が経っても鳥の居場所すら突き止められず、言い出しっぺの僕は心が折れかけていた。だけど霞は弱音を吐かずにただ前だけを見て歩き続けいた。  ある日の夕方、いつものように二人でパンがなくなっていた場所を通り、鳥の巣を探してあちこち分かれ道を行き来していたら道に迷ってしまった。やがて日が暮れ、脚が痛み出し額に汗が滲んできた。  やがて氷雨が降ってきて僕は途方に暮れた。  霞が雨宿りをしようと言ったので、近くの洞窟に隠れた。ひんやりと冷たい、妙に心地の良い場所だった。 「無意味だって言われたんだ」  僕は言った。 「元太達に言われたんだ、僕のやってることは無意味だって」 「私はそうは思わないけど」  霞の凛とした声が響いた。 「知ってる? あと3年で成果が出なければ、私たちは地球に送られるって話」 「何だよ、それ」  言葉を失った。僕達に残された時間はわずかしかなくて、最悪3年後には土の中での生活になる。 「あと3年で桜を咲かせられなきゃ地球の人達は落胆して、私達や今までこの計画に予算を投じてきた政府を責める。国民は生活苦に喘いでいるけど、いつか桜を見るために我慢をしてる。無意味じゃないと私達が思っていても、多くの人は無意味だと思う」 「じゃあどうしたらいいんだ……」  長い年月をかけて人々が命を賭けた計画が破綻に終われば途轍もない批難と中傷に曝される。僕達だけじゃなく、亡き両親や祖父母も。  政治家や多くの大人は傲慢だ。だけど僕の両親達はそうじゃなかった。皆国の未来のために弛まぬ努力を続けた。だけど国が期待した結果を出せなかったというだけで0と見做され役立たず認定される。 「私達にできるのは、皆の痕跡を意味あるものにすること。桜を咲かせるために全力を尽くすことよ。私やあなたの親達がしたみたいに」    やるべきことは分かっている。でも、無理なんじゃないか、不可能なんじゃないかという気持ちが希望と自信を押し潰そうとしたいた。  こんなに長い年月をかけて父達がやってきたことすら報われなかったのだから、僕達にできるわけがない。  寒さで体力が奪われていく。眠気に負けそうになるたびにお互いの頬を摘んだりして意識を保ち続けた。外ではまだ氷雨が止まない。  意識が朦朧としてきた。  霞の呼ぶ声がするが反応するのも億劫だ。  地球で地中生活をするくらいなら、いっそここでーー。  一瞬そんな考えが過ぎったが、自分を奮い立たせて何とか目を開ける。だが意識は意志に逆らい夢の中に吸い込まれていく。  
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