憂鬱が融解するばかりの空を見上げて【追憶の悲鳴】

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(嘆く暇もない……妾はあの男の本気を知っているようで、指先ひとつ触れてすらもいなかったのだな)  そっと撫で下ろした胸。この身体は、かの少女の魂を奪って得た肉体──自分への愛と真心がひたすらに詰め込まれた、肉細工。 「わたしの名前はね、ない方がマシだったかもしれないってくらい、ざんこくでいっぱいある名前なの」  ……実験の経過観察のね、経過に数字繋げただけ。嫌な名前でしょ?  本当にそうだ、なんて……今なら自嘲も感傷に呑まれる程に蛍火は傷ついていた。  自分に始まりを与えてくれた少女と同じ名で、愛した二人がつけてくれた名。今更捨てるには、余りにも重た過ぎる自分を形作った名── 「科学者と言う名の矜持はとうの昔に捨てたと言うのに、その真髄は何百年経っても変わらないままだな……王理よッ……!」  結果が出たら、すぐに飽きて次の研究へと進む。答えを探り、そうする過程に全力で研究物に対する評価や成果、世への影響には大した興味が無い。彼はだからこそのマッドサイエンティストだったのかもしれない。  けれど、そんな男に骨の髄までしゃぶり尽くされるのが生き甲斐だった。男が求めていた神力。それと呼べる力を与えた自分に、飽きは無かったはず──それなのに。今自分を支配しているのは、消えてしまいたくなる程の衝動を孕んだ喪失感と、永遠を憂鬱にした未来だけだ。  堪え切れずに零れ落ち、輪郭をはらりと伝った雫に歯を食いしばる。痛い程、握りしめた拳。小さな少女、元い神から転落した化物は黒いばかりの空を見上げて叫ぶ。 「妾は何を間違えていたと言うのかッ……!! 人間とはッ……愛とは一体何だッ、何なのだぁッ!!」  悲痛の叫びは広大な闇に溶け、虚無の彼方へと消えていく。  自分にはもう、何も無い。我が子と称した屍人の魂以外、何も──
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