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しばらく走らせる窓の外は土砂降りの雨。
「すみません、はい、ちゃんと送り届けますから」
父との会話が耳に入ってきた、連絡をするというのを止めることはできなかった。探しに出て風邪でもひかれたら、看病するのはこっちだからだ。
それが切れ、しんとなった。
「音楽とか聞かないんですか?」
「ああ、俺?仕事柄うるさいところにいるから、いやなんだよね、家に帰りゃ聞くけど」
そうなんですね。
「なア、俺ってそんな年上に見える?」
なぜ?
敬語?
多分、そうだと思うから。
「俺さー、中卒でさー」
え?
「お、今更って思った?俺、二十歳なんだよね」
実家は東京、ここには祖父の家があり、中学から引きこもりだった彼はおじいさんの所に預けられた。でも、ここでも中学に行けなくて、爺ちゃんの知り合いのつてで君のお父さんの働いている工場へ就職したんだ。
「でもお父さんは知らないって」
「知らないと思う、だって、部署が違えば、会うことはないからね、外国からの労働者たちと同じところにいてさー、結構楽しかったんだ」
ふーん。
人と付き合うのが苦手というよりも面倒だった。
「俺ってイケメンじゃん」
「自分でいう?」
聞こえていないのか、続けて話し始めた。
女の子同士のけんかや、男に何もしていないのに殴られたり、さんざんで家から出れなくなった。
父親にはごくつぶしと言われ続け、母親は俺にごめんねと謝るばかり。
父親は見向きもせず母親は自分の両親の住むここへと俺を連れてきて、置いていった。
人の目は冷ややかで、それから逃れるため引きこもった。
自分はなんでここにいるんだろうと思ったら、別に生きていてもなと思ったが、死ぬ勇気はなかった。
引きこもっている間は自分の世界だったが、生きるためには食事も、電機も、水道代もかかる。おじいさんはそんな彼に、働けといった。
「働かざるもの食うべからずという言葉は働けないものは死ねという言うのと同じだって言われたんだ」
「まあ、そうですよね」
「でさ、それを言うと爺ちゃん強硬手段に出たわけよ」
すべてを止める、自分で考えろって言われてさ、廊下で何か大きな音がしたと思ったら、部屋から出れなくなったんだ。
「閉じ込められたんですか?」
「そう、でね、電気が消えて、まあこれぐらいならって思ってたんだ、でもさすがにトイレはどうしようかと思ってさ、その辺にあるペットボトルにしてさー」と笑いながら言っている。「飯はいいんだ、でもさすがに、水はつらかった、三日でギブアップ、俺は就職することにしたんだ」
「三日ですかー」
「あー、たった三日と思っただろ?真夏だぞ、炎天下で窓もあかないんだぞ、死んだと思ったわ」
私は窓の外を見ていた。
「俺たちが会うのは君のお母さんたちがいる事務所の方でね、俺みたいのがそのとき三人いてさ、夜間の高校に行ってみないかって言われたんだ」
そこは、同じ職場にいる外国人も数人いて、とても居心地のいい場所だったそうだ。
「卒業が近くなったころかなー、同時に、君のお母さんは俺たちに、今は何でも資格がいるからって、会社に話付けてくれてさ、俺たちに免許をバンバン受けさせたわけよ」
ハー、そんなことしてたんだ。
「そのおかげで、引きこもりの俺たちが、外国へ行くチャンスが訪れたってわけ」
「そうなんですね」
「俺さー、君のお母さん、好きでさー」
はあ?
「驚くよな、だって、制服着て、目の前歩いてるんだもの、ついていくって」
「はー?」
「ストーカーじゃないけどな、お母さんが亡くなったって聞いて、ショックでさ」
「ありがとうございます」
「こんな大きな娘さんがいたんだなーって、俺の恋はそこで終わったはずだったんだ」
ふーん。
キーッ!
急ブレーキに体が持っていかれそうになった。赤信号だ。
「花子ちゃん」
「はい?」
「俺とつきあってくんね?」
私は右を見た。まっすぐ前を見ている人の横顔が真っ赤になっている。
なんだかな?
私は左側を見ながらこう言った。
「母に似ているからですか?」
「んー、最初はそうだったかも」
信号が青に変わると車は静かに進み始めた。
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