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無言だ、でもなんだか、胸の奥がドキドキ言っている。
「この先だったよなー」
あれ?ここ、学校の下。
「あった、旅館の看板を左っと」
どこに行くんだろう?
すると、マンションのような建物の前で止まった。
外はもう雨がやんでいた。
「寒いだろ?」
彼が貸してくれたのは父と同じ作業着。でも匂いは彼の匂いだ。
背中を押され、そこへ行くと。
「会社の寮ですか?」
「そう、俺は今ここにはいないけどさ、きなよ、お母さんに合わせてあげる」と先に歩き出した。
え?
私は、彼の後を走ってついていったのだった。
玄関を開けると、カレーのようなスパイスの香りがする。
「あ」
「気が付いた?」
「母の字です」
そこには、靴は脱いでくださいと書かれた文字、それだけじゃなくて世界中の言葉が書かれている張り紙。
あちこちに張られたものは、母の文字だと分かった。
「ハーイ」
あ、外国の人。
神崎さんは指さして、入ってもいいか聞いた。
「ウエルカム、どうぞ」
「失礼しまーす」
中は食堂のようだ。人が数人いてお酒を飲んでいるようだ。
「ミッキー、ウエルカム」
彼はその輪に入っていった。
「花子ちゃんおいで、こっち」
そこは厨房のようだ。
「みて」
上を指さした。
「うわー、これみんなお母さんの?」
まるで居酒屋のメニューのように張られているのはレシピのようだ。
「全部じゃないけど、ほとんどがひろ子さんのレシピだね」
「何で?母のレシピがここに?」
「ここはいろんな世界の人がいる場所なんだ、食生活だけは難しくてね。やめていく人も多かったんだ。お母さんだけじゃなくて、支援をしてくれる人たちのおかげでみんなが辞めないで、日本で稼いで、自国へ帰れるまでになったんだって」
へー、すごいなー。
「若いときに吸収できるものは今しかできないんだよってお母さんは言っていたよ。もう少し知恵があれば、調理師や栄養士という資格が取れて、みんなに安心して食べてもらえるものが作れるのにっていつも言っていたよ」
「そうなんだ」
「写真もあるよ」
どこですか?
食堂の後ろに張られた写真、古いものから新しいものまで、お母さんはいろんなところに入り込んでいた。
「お母さん」
「お、ミッキー、珍しいな」その人はアジア系の顔立ちで日本語を流ちょうに話した。結構年上の人に見える。
「よっ」
「誰?彼女か?」
「まだだよ、彼女はひろ子の娘だ」
「ひろ子の!そうか、お母さんは、天国でも楽しくしてるさ」
その一言がなんだかうれしかった。
「はい、ありがとうございます」
その後、寮にいる人たちが集まり、私の知らない母の思い出話をたくさん聞くことができたのでした。
そして帰り際。
「花子。君のここにはひろ子がずっといてくれる、大丈夫さ」
胸をたたいた彼らの中にも母がいてくれると思ったら、私は前を向けるような気がした。
送ってくれた神崎さんにありがとうといった。でも、あの話はちょっと考えさせてほしいというと、無理強いはしないさという。
「お父さんに言ったら、大変だろうなー」
「か、覚悟は、うん、できている」と真面目な顔で言った。
思わず吹き出してしまった。
車が玄関先につくと、転がるように家から飛び出してきた父、その後ろから弟も出てきた。
笑いながら、二人を見ていた私たちだったけど、この先のこと、父とちゃんと話し合わなきゃとその時に思った。
後悔しないで、と母に言われたような気がして。
それからの私の目標は母がとることのできなかった栄養士の資格を取ること。専門学校に行くことを決めた。父は大学でもといったけど、国家資格などお金はまだまだかかるからよろしくと頭を下げた。
そして私は、父の会社の寮の食堂でのアルバイトをしたいと話したのだ。
進路が決まると、夏休み、何かをしたいと思うようになった。
アルバイトサイトには父の会社の短期アルバイトの募集が出ていた。
梱包作業などで、男子たちや先輩から、父の会社での仕事があるのはよく知っていたけど、あの寮の募集が出ていたのにはなんだか運命を感じた。
最初渋っていた父だけど、寮に案内。
弟までついてきたけど、そこで見た父も知らない母に、二人は何を見ていたのかな?
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