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「絶対に秘密だよ」 その人の体が離れた。 え? 秘密だよ、誰にも言わないでね。と聞こえたような気がしたが……? うわー! 手には二つ目のビニル袋。 ずっしりとした重さに腕が下がった。 振り向くとその人(男)はいなくなっていた。 き!消えたー! あたりを見回してもその人はいなくて、ガードレールの下をのぞきくむと、手を振って坂道を下っていく人。 はー?ウソ、もう、あんな所?どうやって!……あんなきれいな人、こんな田舎にいたんだー。 はっ!我に返る。 き、キスされた―! ウソ、マジ?抱き着かれたよね、ウソ―! 一人盛り上がりまた我に返る。 両手に持った玉ねぎにため息をつきながら、私は、行く先の上り坂を恨めしそうに見上げた。 「遅刻だ、これどうするのよー!」 重量感たっぷりの二つの袋にげんなりとしながら、絶対に間に合わない山道を登っていくのだった。 今日は朝からついてなかった。 目覚ましは止まり、止めてないから。 十分遅れて目が覚めた私は、急いで朝ごはんの支度をしに、弟のドアを蹴とばし、「起きろ!」と怒鳴りキッチンへ。 パンにしようとしてほおりこんだオーブントースター、タイマーを回し、目玉焼きを作る。 「お父さーん、起きて―!」 声はかけた。 歯ブラシを咥えて私の後ろに立った弟。 「姉ちゃん、焼けてない」 は? オーブントースターを開けると焼けていない食パン。 「まじ?」 「あーこりゃ寿命だなー、俺飯」 父がそういいながら新聞を取りに行く。 なんとかご飯は炊けていたから、三人分のお弁当箱に詰め込んで、残ったご飯を二人に出し、私は自分が食べる分の残りのご飯をおにぎりにした。二人を家から出し、私も猛ダッシュでバス停へ向かった。 「まってー!」 むなしいかな、いつも乗るバスは、たった数分の誤差で行ってしまった。 ― だから時間に余裕を持ちなさいっていつも言っているでしょ! 母の声がそばで聞こえるようだった。 次のバスまで二十分、ぎり、何とかなるかな? 母が死んだ。 元気そうだったのに。 私たちは気が付けなかった。 がんだと気が付いたときはもう遅くて……。 なんで教えてくれなかったの? 親戚中に言われる言葉が悔しくて、むなしくて、私も知りたいと唇をかむことしかできなくて。 肝臓がん、ステージ4です。 病院で聞いた病名の後、ホスピスを勧められた父は茫然として、私もなにがなんだかわからないまま一般病棟とは違う場所に案内された。 「この先は、五人の方しか入ることができません、今・・・・・・」 この人は何を言っているのだろう、五人?母が死ぬかもしれないのに、おじさんやおばさんに連絡しなきゃ。 父は母から離れることができず、弟も母の手を握っている。 私は着替えなんかを取りに家に帰り、泣きながら支度をした。 二時間ほどで病院へ戻ってきただろうか? バタバタと走る看護師とすれ違った。 母さんの病室の前に近づくと扉が開いている。 慌てて中をのぞくと。 バスが来た、それに乗り込む。 その後のことはぼんやりとしか覚えていない。 朝、カーテン越しに明るくなってきた。 「母さん?」 父の声に、眠れず、ぼーっとした顔を上げた。 「ひろ子!ひろ子!ひろ子!」 慌ててブザーを押す弟。 母は次の日の朝、眠ったまま、天に召された。 桜の開花まで二週間先と言っていたのに、急に暑くなり、全国で一斉に桜が咲いた。46歳、突然の死だった。 誰にも声をかけず、ただ黙って、眠ったまま、逝ってしまった。 「・・・いち高前」 ブザーの音に顔を上げた。 学校。 「学校!」 席を立ち混雑したバスの後ろからすみませんと言いながら前に進んでいく。 カードをタッチ、みんなが走ってく後ろを追いかけた。 ― 高校生にもなって! 私は高校三年、弟は高校一年になった。 季節は夏に向かっているはずなのに、この暑さは何だー! そしてこの坂は地獄坂。 毎朝山に登山だよー。 ふと右を見れば海が見える、ロケーションは最高なのに、なんでバス停があんなにしたなのよー! バタバタと音を立て、坂を下りてくるバイク。 ガタンという音ともに何かが落ちた。 みんなは見て見ぬふりで駆け上がっていく。 マジ、何! 玉ねぎが大量に転がってきたー。 あたふたする私。 すると、私の後を上ってくる学生じゃない男性が、横たわったではないか。 マジ? そこに流れるように転がって、集まってくる玉ねぎたち。 バイクに乗っていた年老いた男性はすまん、すまんと言いながら、籠を持ってきた。 私も拾ってあげた。 バイクの男性は、バイクを持ってきて籠を乗せると、私と、その男性にビニルに入った玉ねぎを差し出した。 私は学校なのでというがお構いなし。 そして、もう一人の男性。 ロン毛で、学校の先生じゃない、見たことのないイケメン。 こんな田舎に、こんないい男いたっけ? 「ねえ、君、学校は?」 鐘がなっている。いい男は声までいいのか! 慌ててそこから立ち去ろうとした。 「チョット、悪い、聞きたいんだけど」 学校のそば、と言ってもバスで一つ手前のとある温泉旅館の名前を言った。観光客か? 私はその場所を教えた。 「ありがとう助かったよ」 「それじゃあ、はあ、これどうすんの?」と言いながら歩き始めようとした。 すると男性の顔が近寄ってきた。 びっくりするとほほに熱を感じた。耳のそばでチュッという音? 一瞬のことで何が何だかわからない。 「秘密だよ、誰にも言わないでね」 すると抱きしめられた?え?え?えー! 「絶対に秘密だよ」という言葉を残して。 そして今に至る。 キスされた?!ほっぺたにだけど、いや、いやあれはハグ?では? 秘密って何! 坂道を下る男性をずっと見ていたかった、それぐらいいい男だった。 でもなんで、両手に玉ねぎの入ったビニル袋はずっしりと重く、もっと地獄だった。 教室に入るとみんなの注目度は高く、そりゃ、あの男誰?から始まり、キスをしていたでしょう。朝から熱いねー。校門前で抱くかー?等々。でその日はクラス中、いや学校中がその話でもちきりだった。 放課後、遅刻した分、先生方の小間使い、プリント作成に帰りも遅くなる。 夕飯何にしようかなとぼーっと考えながら帰宅のバスに乗り込んだ。 窓の外、あの旅館に泊まっているのかなと、旅館の看板を見ながらも、男性のキス、いや、いや、ハグに赤面してしまったことを思い出していた。
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