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3.写真
約束の日は、曇天だった。しかも今にも降り出しそうな空模様だ。
花見は決行ということでいいのだろうか、と思いつつ、弁当を詰め、待ち合わせ場所である公園の噴水前に行くと、すでにユウヒの姿があった。サングラスをかけ、帽子をかぶった彼が手を振る。
「カイト」
サングラスをしていても満面の笑みを浮かべているのがわかる。こちらも笑顔になりつつ歩み寄ると、目ざとく彼がトートバックを覗いた。
「おお! もう、香りから美味そうなんだけど」
「お前、少しは桜、見ろよ。ほら、綺麗だぞ」
言いながら指さすと、そうだね、と笑ってユウヒがサングラスを外す。彼の視線の先には広場があり、曇天の空を少しでも華やがせようとでもするように、触れたら解けそうな儚さをまとった桜の花が連れだって咲いていた。
「綺麗だね」
彼の唇に笑みが浮かぶ。その横顔を見つめながら、思う。
ああ、本当に綺麗だ、と。
耳をなぞるのは、花見を楽しむ人々の声。
平日の昼間、天気も快晴とはいえないこんな日だけれど、満開のソメイヨシノが広場を覆い尽くすここにはそこそこ人の姿があった。が、皆、思い思いに楽しんでいてこちらを気にする人はいない。
考えてみれば、花見の主役は桜だ。神経過敏だったのかもしれない。苦笑し、弁当を広げられる適当な場所を探して視線を彷徨わせたカイトの耳に、硬質な、かしゃ、かしゃ、という音が連続して飛び込んできたのはそのときだった。
振り向くと、わずか数メートルの距離に、ふたりの女性がいた。歳のころはどちらも大学生くらいだろうか。そのうちのひとりの手にはスマホが握られており、スマホの背面、眼球を思わせるレンズがこちらをじっと見つめているのがはっきりと見えた。
「あ」
撮られた、と思った瞬間、ふっとユウヒが動く。大股で彼女たちに歩み寄ると、彼はにっこりと彼女たちに微笑みかけた。
「今、撮った写真、見せてください」
「は、え、あの……ごめんなさい。私、つい、あの」
「見せて」
顔は笑顔だ。声だって威圧的ではない。けれど有無を言わせない押しの強さがひしひしと伝わってくる。それは彼女たちもそう思ったようで、言われるままにスマホを差し出して来た。
スマホを目にしたユウヒは、画面を手早くスライドし、再び彼女たちに笑顔を向ける。
「あのね。この写真とこの写真、消してくれます?」
「え、と、これは、いいんですか?」
恐る恐るというようにスマホの持ち主の彼女が言う。ユウヒは朗らかに笑って頷いた。
「俺の写真だけだったらどうぞ。事務所に知られると怒られちゃうから内緒ね。けど、彼のことは残しておかないで。全部、ちゃんと消してくださいね」
言い終わったユウヒの手が、ぐい、とカイトの腕を掴む。
「行こう、カイト」
じゃあね、と微笑んでユウヒが彼女たちに背中を向けると、黄色い声が上がった。その声に見送られながら、カイトは顔を上げられずにいた。
たまらなく、恥ずかしかった。
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