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ハルトが勤務している支社は、小さなビルに入っている。振動を体に直に伝える年季の入ったエレベーターは不快であったが、オフィスはまあまあの綺麗さがあった。
デスクで仕事をしているハルトを上司が呼ぶ。緊張して呼ばれていったハルトを待ち受けていたのは褒め言葉だった。
「いやあ、さすがは東大出だねえ、クライアント、喜んでいたよ」
「本当ですか!」
ハルトは笑顔になった。
あのプランは、会社に泊まりこんでまで作成したのだ。仕事が認められた達成感でいっぱいになる。地方に配属された時は絶望感に苛まれたものだが、実績を地道に積み重ねてきて本当によかった。
「まだ詰めるところはあるだろうが、頼むよ」
「はい」
上司に信頼を向けられハルトは足取り軽く席に戻る。まだ仕事は、残っていた。
「じゃあ出世するんだ」
「いや、そういうのじゃない。いずれは出世したいと考えてるけど」
「すごおい」
マドラーでグラスをかき混ぜるミサが、頭悪そうな相槌をする。ハルトはまあな、と適当に返事をした。かき混ぜすぎた氷が溶けてしまいそうだ。いずれ、なんて迂遠な言い方をしてしまったが時間をかけるつもりはない。遅くても一年後には都心に戻るつもりだ。
「ハルトさんと離れたくないなあ」
しなだれかかってきたミサの頭を撫でる。
「さびしいのか?」
「さびしいよお。ハルトさんかっこいいもん、ずうっと一緒にいたいの」
健気な言葉はハルトに懸念をもたらした。
ミサは自分と結婚したいのか?キャバ嬢のリップサービスにしてはミサの体が熱く瞳が潤んでいる。気のせいかもしれない、いや、気のせいでないと困る。キャバ嬢と結婚するつもりはないのだ。ハルトは無理やり口角を上げた。
「俺もずっと一緒にいたいよ、でも仕事はどうしようもないからな。ミサ、愛してる」
「わたしもお」
ミサがさらにすり寄ってきたのでハルトは安堵する。どうやらごまかせたらしい。
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