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待ちに待った都心への配属転換、内示があったのはその年の冬だった。正式な異動は来年の春だがハルトは浮き立つのを抑えきれない。つまらない、辛気臭い地方とはおさらば、都心に戻ったら輝かしい日々が待っている。ハルトはさっそく業務の引き継ぎを始めた。女性関係も、清算しなければ。
ミサとアフターする予定があったので、キャバを出た帰り、別れを切り出す。
「……だから、残念だけどこれが最後のアフターになると思うんだ」
「いやだよぉ」
「嫌だって……ミサ、しかたないだろ」
「わたしも連れてって」
「連れてけって……」
無理だ。
籍を入れているならともかく、籍も入れていないキャバ嬢を連れていくなんてできないし、できたとしてもしたくなかった。ハルトの渋る表情から察したのかミサが叫ぶ。
「連れてってよお!結婚しよおよ!」
結婚、だって?俺とお前が。甲高い声にハルトも叫んだ。
「無理だって言ってるだろ!」
ミサは泣き始める。
「あんなに愛してるって言ってくれたのにい……嘘だったのお?」
「愛してるなんて、お前らもよく言う世辞だろ!それ位嬢なら察しろよ!しつこいんだよ、いつもいつも!」
ハルトの箍は完全に外れていた。
ちょっと優しくしただけで調子に乗りやがって。俺の人生、ずっとこいつに付き纏われるのか?勘弁してくれよ、輝かしい未来があるのに、こいつに邪魔されたくない。傘を放り出して歩くハルトにミサが縋りつく。
「いかないでよお!」
「邪魔なんだよ!」
ハルトが振り払うとミサは簡単に転んだ。
「あっ」
地面の泥を服につけてもあきらめないミサは起き上がってハルトの足に縋りつく。ハルトとミサは雨の中、揉み合っていたがハルトがミサの首を掴んで木の幹に押しつけた。皮肉にも、押しつけたのはいつか花見で訪れた公園の桜の木だ。
「俺のっ、邪魔、を、する、なっ……!」
どれだけ首を絞めていたのか、気づくと雨は止み、ミサは死んでいた。
「はっ、はっ、はっ……」
体が冷えて寒いはずなのに脂汗が止まらない。ハルトは震える手で証拠を隠滅した。幸いにも──ミサにとっては不幸なことに警察はハルトを早々に容疑者リストから外した。理由はミサには借金が複数あり、周囲の評判もよくなかったからだ。また、身寄りがないミサには不満を訴える家族はいない。年間八万いる失踪者の一人一人を調べている暇は警察にはないのだ。
そう、ミサは最終的に失踪だと判断された。誰もハルトがミサを殺したのだとは気づかない。あの、桜の下にある暗い穴にミサがいるとは気づきもしなかった。
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