眠りにつく時。

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私はもうすぐ死ぬだろう。 立ち上がる気力は既に尽き、腹から溢れ出る血が生温かくて気持ち悪い。 武家の娘に生まれたが縁談は全て断り、父の反対を押し切って戦に出た末路がこれだ。 自分の選択に後悔はない。 ただ、母は泣かせてしまうな。 その時、ふわりと柔らかい風が吹き、私の手の甲に桜の花びらが落ちる。 「……」 見上げると、桜の木が満開でここで死ぬのも悪くないと思った。 「人の子よ」 「?」 目の前には男か女か…この世のものとは思えない程美しい御方が立っていた。 真っ白な肌に艶のある長い黒髪、真っ赤な紅を差した唇。きっと一度見たら忘れない。 「死ぬのか?」 私はゆっくりと頷く。 「人の(せい)とは、何とも儚く脆いものよ」 「……そうですね、でもこれが私の歩んだ道。後悔はありません。それに貴方のような美しい御方に死ぬ間際出会えた事は幸せでございます」 段々と意識が薄くなっていく。 目蓋が重い。 「美しい?私が?」 「ええ。もし……もし生まれ変わったらまたお会い出来ますか?」 「さあな。私は神ではないから分からぬ」 美しい人はふ、と笑って私の頬を撫でた。その途端、不思議と腹の痛みは失くなり一層目蓋が重くなる。 ああ……名を、名をお聞きしたいのにとてつもなく眠い。 「今は眠れ、いずれまた」 私の意識はそこで途切れた。
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