折絵が若いころ三角関係に勝って、今の旦那と初めて結ばれた

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    1  折絵は二十歳のとき、勤めている紳士服店の事務服を着けて帰宅していた。自慢ではないが、ソフトボールを思わせる胸元、引き締まった腰回り。大きな目と細い顎、男らに色っぽいと囁かれる容貌だ。 (高校時代は丸々としてたけどねー) 就職してから、ホルモンバランスか、ストレスなのかわからないが、徐々に引き締まった身体と細い顎の線になる。大きな目がなおさら強調されるが、わるい印象は与えてないらしい。 女性は変わるものだよね。  車道から夏の夕日に照らされた公園通りへ曲がる。 (トイレットペーパー、買い忘れちゃったな。まだあるから明日でいいか)  興味を示す男らを興ざめさせることを考えている。やがて、エンジン音がして振り返れば、幌付き軽トラックが追い越す、と思ったら隣に停車した。そしてドアが勢いよく開く。  外へ出て立ちふさがる男が、淫猥な表情で近づく。 「べっぴんちゃん、楽しもうぜ」  答える必要も感じない、ひと睨みしてから、逃げようと身体を回転するが、もう一人悪漢がいて抱きつかれた。 「ぃやっ」  悲鳴も、最初の奴に後ろから口を塞がれてしまい籠る。ハンドバックを握り締め、身体が小刻みに震える。 「荷台で可愛がってやるよ」  背中を締め付けた腕が、尻頬っぺたに指を這わせながら太ももを持ち上げようとする。 「何をしている」  大きな声が響く。悪漢たちは近くで響く足音と声に動きが止まる。 「邪魔が入った。逃げるぞ」  折絵を壁へ押し投げて左右へ逃げる彼ら。  彼女は壁にもたれて鼓動と震えが鎮まるのを待っているが、状況も分かってきた。誰かが助けに来たらしい。 「助かった。でもばかだね」  この公園の通りで今の時間帯に痴漢行為は、誰かに見つかる。だから安心もしていた折絵。服の乱れを整えながら、追いかけて行った人の状況も気になる。  助っ人の男は必死に逃げる奴には追い付けない。それより女を保護するのが先だと感じたか、早足で事件の現場へ戻ってくる。  「どうせ、車を取りにくるさ。警察へ連絡して置こう」  走っていて荒い息のまま、折絵へ伝える。   彼女は助けてくれたお礼をいうと、名前を教えて欲しいと告げた。彼の持っている孫の手には気づく余裕もない。 「俺の名前なんか、忘れたなー。困ったときはお互いさま」  名乗らないから怪しいというより、惚ける彼は悪い人ではないらしいのだが。 「それより、警察へ電話するから、俺の部屋へ来てくれ」  公衆電話が近くにないし、携帯電話もない時代だ。意味は分かるが頷けない折絵。 「君の部屋を知っている連中なら怖いだろ。緊急避難だよ」 「そうですね」  状況を説明する必要もあるだろうけれど困惑。女は見知らない男へついて行くのが不安。  仕事の失敗を助けてもらった売り場の同僚に、お礼はホテルでヤラセテくれること、と迫られたこともある折絵。  相手は女の戸惑いを察したようで、俺は高校生のころサッカーをしていて、など自己紹介代わりに喋る。  折絵は(固定電話は玄関にあるはず、ドアを開けたままにしていたら良いかも)などと警戒心は解けずにいる。うわの空で聞いていた話に聞き覚えのある名前がでてきた。 「えっ、妹のなんって。いくつ」聞き返す。  そんなに大きな町ではないし、この男の妹なら折絵と同じ年齢か。 「妹の名前か、早智子。デパートでエレベーターガールをしている」  間違いない、友達の田中早智子だと折絵は分かった。 「さーちとは部活が一緒で、先週もボーリングへ行ったよ」 「仲の良い友達って、君か。確か、おり、何とか」 「はい。折絵です。それじゃあ、田中さんですよね」  安心感と親しみがわく。何より暴漢がまた来ないか怖い。  ベランダから怪しいあいつらをみかけたから、と彼は部屋を指さして、ここへきた経緯を話す。 「それに、パトカーがくると人が集まるよ」  田中の気がかりは、痴漢されて触られて、と人前で警官へ折絵が話すのを避けたいからのようだ。 「それはいやだなー」  ちょっと冷静になる彼女。彼の部屋へ二人で歩き始めてしまった。  田中が明けたドアから室内へ入る。早速電話する彼。固定電話でやりとりしながら尋ねてくる。 「あの、君の話も聞きたいとさ。それより」  なにか言いたげにする。女性が悪戯された事件は、女性が恥ずかしくなるほど世間の視線を浴びる昭和時代だ。直接に話題にするのを避ける田中。  駐車違反と女への痴漢、折絵も恥ずかしい思いで、手短に電話で伝えた。 「遅くなったし、食事をしていけよ。俺はそれなりに作れるから」 「それなりですか」  正直だ、と良い感情を抱て、彼へ応じた。容姿を好奇の目で見ることもしていないのに安心もしていた。暴漢たちが捕まらないと不安だし自分の部屋へ戻るのが怖い状況。選択の余地も無い。折絵は波長の合いそうな彼の危険な香りへ引き付けられる蝶々。  キッチンテーブルへ彼が皿を並べる間にも、外でパトカーの赤い警告灯が窓に映る。来たようだな、と田中は笑顔で言う。 「予想していた通り、駐車違反を待ち伏せしていたのだ」   捕まえ方を知っていたらしい。折絵は安心もするが、ほどなく婦人警官が部屋を訪れる。犯人の掌に赤いのが付いており、それが口紅か確認しにきたのだ。それで、折絵は口紅の色とメーカーを告げる。 「容疑者も白状してますから、もう安心ですよ」  暴漢たちも、なるべく罪が軽くなる方法を選んだようだ。引っ越しの手伝いをした二人が悪戯心で企んだらしい。折絵にとっては迷惑だし、このことは忘れたい。田中も安心した顔で椅子へ座る。 「これで部屋へ帰れるな。テイクアウトするか」 「ハンバーガー店じゃないし。それより」  折絵は口紅が暴漢の手に付いていたということが気になる。ハンドバックからコンパクトを取って、口元を確かめた。ちょっと乱れている。簡単には崩れないが、乱暴にぬぐい取ったみたいになっている。早くなおさなきゃ、と思う。  田中が横を向いて、あっちが洗面所、と話す。見てないよ、との意味らしい。彼女も男の前で化粧直ししようとしたのを恥ずかしく感じた。すでに見られていたというのは、開き直りもさせる。それでも、あの男の手が気持ち悪く感じた。 「気が利く方ですね」  田中の痒いところへ手が届くやり方が居心地よく思える折絵。急いで洗面所へ向かう。電気のスイッチなど、アパートは似たような作りが多いし、迷うこともない。  一人になると、生々しく唇に暴漢の指の感触が蘇り、手ですくい何度もうがいをする。もう口紅なんか落としていいや、と思う。  弄ばれる口惜しさを想像してしまい、涙が頬へ伝うのが鏡へ映る。 (容姿が人並み以上に整えば狙われるのか)  高校生のころはふっくらとした顔と体形だった折絵。口の悪い男らは、誰も振り向かないぜ、と笑う。小学生のころまでは冗談もいう陽気な性格だったが、女らしく、と親や地域に押し付けられて大人しい態度をとるようになった。 (女は変わるときには変わるんですよ)  過去へ言い返したくなる彼女。  折絵は顔も洗って、ハンカチで拭いてから、ちょっと整える。均一に落ちた化粧は、これでいいか、と化粧方法を思いつかせる。いざとなれば開き直れ、というのが彼女の座右の銘だ。  折絵は田中と呼吸が合う気がする。写真クラブに所属していたころの早智子との話で盛り上がって、帰宅した。すぐ何か起こるなんてないし、彼女も友達の兄として親しい関係になったと思っていた。
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