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プロローグ
バスの車内が、阿鼻叫喚に包まれた。
マスクを纏った男たちが、乗客へナイフを突きつける。
「このバスは俺らがジャックした。下手な行動をするとこうだ」
そういうと、ナイフが抉るように空を切った。
狼狽した乗客は、すっかり顔を青色に染めている。
「ちょっと」
そこへ青年が、ナイフを突き立てるバスジャック犯へ躊躇いもせず近づいていく。
「お前、肝が据わってんな。だけど近づいたらどうなるかぐらい、ガキでも想像出来そうだけどな」
「まあまあ、そんな刹那的にならないでくださいよ」
優しく言ったつもりが、眉をひくひくと引き攣らせている。
「お前、舐めた口利きやがってよ!」
突き出されたナイフの先端を、舐めるように見つめる。
「うーん、痛そう」
「おどりゃ調子に乗りやがって!!」
しかし、見透かしたようにナイフの腹を掴んでしまった。みな、開いた口が塞がらない。
「お、お前…」
唖然としている中、メキメキと何かが軋む音が聞こえてくる。次々と青年の手へ注目が集まる。
「おい、嘘だろ…」
ナイフは深くお辞儀をして、使い物にならなくなってしまった。手からナイフがすり抜けて、甲高い音を立てて弾む。
間髪入れず、彼はバスジャック犯の胸ぐらを掴む。
その矢先、窓が破裂し、ガラス片が四方八方に飛び散った。外では小さく呻いているバスジャック犯の姿が見える。
「次、僕の相手したい人は来て」
挑発的に招かれる手に、答える者はいない。
静寂を破ったのは、青年の真後ろに立っていた幼い子供だった。
「お母さん、この人怖いよ…」
「黙って! ああ、本当にすみません」
母が謝罪を繰り返す。
青年はその子供を一瞥して、懐から飴を取り出す。
「こわかったろ?これ食って元気だしな。お前は絶対に、俺みたいになるんじゃないぞ」
そう言って、体を反転させる。
「みんな、この事は秘密にしてくれ」
またもや静寂が訪れる。しかし、構う事なく青年はバスから降りていった。
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