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朧げな記憶
蝉の鳴き声が、夏の始まりを告げる。
豪樹(ごうき)の手には、牛乳とパンとインスタントラーメンが握られていた。その背中を、小太りの男性が追っている。
「おい君、それ盗ったよね?」
肩に柔らかく手が置かれた。豪樹は、ぶっきらぼうに答える。
「ああ、盗んだよ。」
思いの外あっさりと答えたせいか、男性は返答に窮していた。
「誰も、僕の気持ちをわかってくれないから」
そう言って、男性に掌を向ける。
「なにをするんだよ」
その瞬間、渦が乱舞して、男性は遥か遠くに吹っ飛ばされてしまった。
豪樹は力を失って、歩くのですらままならくなっていた。途中途中呻きながら、足を引き摺るように進んでいく。
***
豪樹は、幼少期の記憶が曖昧だった。ただ、「環境が良くなかった」とだけ言える。
覚えているのは、小学校高学年の頃。両親がいなくて、行く当てもなく途方に暮れていた。しかしその姿が警察に見つかって、擁護施設に送られたのだ。
やっと平和な日常を送れる…
しかしそんな希望は、次の日に打ち砕かれた。個室から出ると、目の前には血の海が広がっていた。壁中にもべったりと血液がこびりついている。訳もわからず横を見ると、冷酷な顔をした男たちが呆然と立っていた。
「暴れやがってさ」
彼らの着ていた白衣は、返り血によって赤く染まりきっていた。体が小刻みに震えている。
「ほら7、こっちに来るんだ」
廊下には、サイレンが依然となり続けている。生唾でさえ、喉につっかえそうになった。
「はやく、来るんだ」
無言のまま、豪樹は掌を男たちに向ける。
「やめろ、7!」
怒りが募っていく。その怒りが身体中に刻み込まれ、エネルギーへ変わっていった。
その怒りの正体がなんなのかは分からない。しかし、確実に彼らへ向けられたものだった。
「うあっ」
どこまでも続きそうな薄暗い廊下に、悲痛な叫び声だけが響いた。男たちの唾液がこぼれ落ちる。抵抗することすら出来なくなると、豪樹は彼らを解放する。
男たちのズボンには、尿が滲んでいた。この手で、地獄に送ってやったのだ。
「ざまあみろ…」
血だらけの廊下に、豪樹の足音だけがこだまする。
その腕には、「7」と焼き付けられていた。
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