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いなくならないで
(ぐぬぬ)
一方のカゲである。
彼は、やはり尿意と闘っていた。
クリニックに来る度に。
どうもおかしい。
この医者、ゼッタイ秘密があるぞと、カゲは思った。
「ああ、田中くん。紅茶を頼むよ。三人分ね」
北白河がナースに声をかける。
「ごめんなさい。忙しいのに」
「いいんだよ。ヒカリちゃんも一緒に食べよう。護衛さんもどうぞ」
「ひぅ……ど、どうも」
カゲは、ぎこちなくヒカリの隣に腰を下ろしたが気が気でない。
ただでさえ尿意と闘っているというのに、よりによって紅茶だ。
利尿作用……!
「あら、手作りのお菓子ですか? いいなぁ、先生もスミに置けませんねー」
田中と呼ばれたナースがトレイに紙コップを載せてきた。
利便性を考慮しての紙コップだが、そこはセレブ向けのクリニック。厚手でシックな模様が描かれた高価なもので、もちろん紅茶も高級品だ。
「良かったら皆さんでどうぞ」
「やったー、いただきます! んー、美味しい!」
「ありがとうございます。お恥ずかしいわ……このお紅茶、とてもいい香りですね」
ヒカリたちが談笑する横で、カゲは一気に紅茶を飲み干した。
「お、俺は、外で、待って、ますんで」
カゲは、診察室を飛び出すとトイレへ駆け込んだ。
診療が始まる前で、人がいなくて丁度いい。
事なきを得たものの、手を洗っている最中にまたブルリと震えが来た。トイレへ逆戻りだ。
(紅茶のせい? 恐るべし、北白河クリニック──!)
紅茶くらい手をつけなくても問題なかろうに、出されたものを律儀に平らげるからこうなる。
(誠先生、普段はこんなに気さくなのね)
カゲと対照的に、ヒカリの胸の中はポカポカと暖かかった。
また会えた。
仕事中とは違う、オフの先生だ。
自分を迎え入れてくれた。
手作りのお菓子を食べてくれた。
それだけのことが、たまらなく嬉しいのだった。
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