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蓮の庭
「今日、姫華さんはお一人になりたいそうよ」
「ご気分がすぐれないみたい」
翌日の、蓮乃宮女学院高等部。
金魚のフンたちの声を小耳に挟んだヒカリは、中庭に移動した。
「その様子だと、アンタも知ってしまったようね」
水面いっぱいに蓮が広がる池を囲むテラス。
ヒカリが声をかけると、立ち尽くしていた冷泉姫華がハッと顔を上げた。
通常より薄いメイクの下には隈が浮き、毛先は僅かにカールしたのみ。いつもの気合いの入った縦ロールとは程遠い。
インディゴブルーのワンピースは気分の現れか。
一限と二限の間の短い休み時間に、テラスへ出てくる生徒はほとんどいない。
今、テラスにいるのは二人だけであった。
「そう。ヒカリも知ってたの」
姫華が口角を歪める。ヒカリもそれに倣った。
驚くべきことに、ライバル関係にある二人が苦笑し合ったのだった。
姫華が訊いた。
「あなたも調査を頼んだの?」
「いえ、私は子供の相手をね」
「は?」
ヒカリが答えると、姫華は訳が分からないといった顔をした。
「クリニックの近くに公園があるじゃない? 暇つぶしに、そこにいた子たちと遊んだの」
「……」
「その中の一人が誠先生の娘さんだった。知ったのはホント偶然よ」
語尾は深いため息のようになった。
今思えば、美亜ちゃんはずっと待っていたのだ。
クリニックが見える、こんもり緑を背負った公園で。
忙しいパパが帰ってくるのを──。
あの事実を知った瞬間の胸の痛みが蘇る。
あんぐり口を開けて話を聞いていた姫華が吹き出した。
「おっかしい! あなたのことだから、子供と一緒に猿みたいに駆け回ったんでしょうね」
「笑いごとじゃないわ」
ヒカリがむくれると、姫華はフッと笑いを消した。
「じゃあ、奥さんのことは……知ってる?」
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