蓮の庭

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 「……ええ。でも遠目に見ただけ。美亜ちゃんを迎えに来てた」  反応が遅れた。  新たなショックに打ちひしがれたからだ。  美亜ちゃんを遠くから呼んでいた女性。  あの時は、「美亜ちゃんのママなんだな」としか思わなかった。  しかし。  当たり前の話だが、「美亜ちゃんの母親」ということは、つまり彼女は「誠先生の奥さん」なのだ。  (誠先生には……)  奥さんがいる。  ヒカリの中で、初めて「妻」という存在が明確になった。  ──ズキン。  心臓が大きく揺れる。  メロドラマの中の「妻」は、鬼だった。  愛に走った二人の、分かりやすい敵だった。  でも。  ──美亜ちゃーん。  あの日、美亜ちゃんを迎えに来た女性は鬼じゃなかった。  作られた役とは全然違う。  生身の人間なのだ。  「私と手を組まない?」  押し殺したような声で、姫華が言った。  「え?」  「一時休戦よ。先生の家庭を壊すまで」  「壊すって! アンタ、何するつもりなの?」  「何でも」  ヒカリは狼狽えた。  たった今、「妻」という存在が明確になったばかりなのだ。  姫華の迷いのない視線を受け止めるだけで精一杯だった。  「欲しいものを手に入れるのに、何を躊躇(ためら)う必要があって? あなた、そのつもりで私に声をかけたのじゃないの?」  言葉に詰まる。  自分は、どんなつもりでライバルなんかにをかけたのだろう。  「それじゃ。いいお返事を待ってるわ」  姫華がヒカリの脇をすり抜けていく。  二限が始まるのだ。
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