箱入り令嬢、屈する

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 「あぁ、疲れた」  ヒカリは欠伸をしながら言った。  「部屋で休んでくる。一時間後に起こして」  橋倉の礼に見送られ、逃げるように自室へ向かう。  カウチソファに寝そべってはみるが、それだけだ。  ロココ調のデザインが気に入ってイタリアから取り寄せたものだが、今日は一向に気分が上がらなかった。  あのドラマが素敵な出来ではないということは、ヒカリにも分かり始めている。  ただ、主人公の強さだけが眩しかった。  あの人は、「奥さんがいても構わない」と言った。  そんな強さがあったなら、誠先生は自分を大人の女だと認めてくれるのだろうか。  受け入れてくれるのだろうか。  (そんなの耐えられないよ)  ヒカリは掌で目を覆った。  何分くらいそうしていたか。  床の上でスマホが振動している。知らない番号からだった。  「もしもし……?」  『そちら、胡桃沢ヒカリ様の番号でよろしいでしょうか』  事務的な女性の声だ。  「どなた?」  相手はヒカリには答えず、傍にいるらしき誰かに『繋がりました』と伝えている。  『私よ』  「何だ、姫華か」  犬猿の仲である二人は、もちろん連絡先の交換などしていない。  ただ、冷泉家の力をもってすれば大抵のことは調べがつく。  今さら驚かなかった。  「なに?」  『例の件』  やっぱりか。  誠先生の家庭を壊すために、一時的に手を組む──。  姫華は、その返事を急かしているのだ。  そうでなければ、わざわざヒカリ個人のスマホの番号を調べさせたりしないだろう。  『ハッキリなさい。いつまで迷ってるの』  姫華の声は鋭い。  『もういいわ。あなたを誘ったのが間違いだったようね』  彼女には迷いがなかった。  強さがあった。  ドラマの主人公とは反対方向の。  『あなたのような覚悟のない女に、誠先生は渡さないから!』  「……分かったわよ」  ああ──。  「協力しましょう。一時的に」  自分は、ドラマの主人公にも姫華にもなれない。  誰よりも弱い人間だ。  ヒカリは、スマホを片手に目を閉じた。
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