19人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
その頃。胡桃沢邸では、ちょうど昼食の膳が下げられているところであった。
「旦那様。何かご心配事でも……?」
主の食が進まないことを気にかけた橋倉が、遠慮がちに申し出る。
「うむ……」
春平は卓に肘をつくと、組んだ手を額に当てた。
「健康診断の書類を見直したのだが、どうも結果が思わしくないようなのじゃ」
「何と。しかし、若先生は」
「あのときはヒカリが傍にいた。気を遣ってくださったのかもしれん」
「すぐにでも問い合わせましょう」
「のう、橋倉」
「は」
「上手くいかんものじゃのう。いつまでも、ヒカリを見守るつもりでおったが」
「旦那様……」
「ハハ。そのうち、直接クリニックへ出向くとしよう」
春平は努めて明るい声を上げた。
眉間の悩ましげなシワは消え、いつもの柔和な彼がそこにいる。
「食後の茶をいただこうかな」
「かしこまりました」
そのように悠長な──。と言いそうになるところを、橋倉はぐっと堪えた。
主にも、気持ちの整理の付け方というものがあろう。
逸る気持ちを抑えながら茶筒を取り出す。
「よぉ。ここにいたか、ジジイども」
出し抜けに声をかけられ、驚いた橋倉は茶葉をぶちまけた。
「気配を消しながら現れるな! この馬鹿者が!」
「泥棒。貴様、ヒカリの護衛はどうした?」
高級茶葉の香りが漂う中、春平が立ち上がる。
ヒカリの前から姿を消したカゲは、何と屋敷に戻っていたのであった。
「気が乗らねー。鈴木さんがいりゃ問題ねえだろ」
カゲは、春平の斜向かいにどっかと腰を下ろした。
「訊きたいことがある」
「何じゃ」
「ガキの話だ」
春平が座り直すと、カゲは橋倉の方に首を巡らせる。
「てめぇ、いつだか“若先生なら心配ない”ようなことぬかしてたが、それは奴が既婚者だからか?」
橋倉が、茶葉を片付ける手を止めた。
最初のコメントを投稿しよう!