なお、泥棒は真に受けたまま

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なお、泥棒は真に受けたまま

 春平はゆっくりと玉露を口に含み、遠くを偲ぶように虚空を見つめた。  「本当に、歳を追うごとに……」  橋倉も感慨深げに言葉を切る。  食堂に再び静けさが訪れた。  冬子が言う「お兄ちゃん」とは胡桃沢家の長男であり、ヒカリの亡き父だ。  「でもね。これは私の直感なんだけど、彼がいればヒカリちゃんは大丈夫な気がするの」  「フォ。そうか」  末娘にも甘い春平は、彼女の話を真っ向から否定することはない。  「でも、すごいヘンな奴じゃぞ」  先ほどよりは冷静に見える主を横目に、橋倉は少し安堵した。  さっきの発言は、きっと乱心してしまっただけなのだ。  もう忘れているだろう。  そうでなければ困る。何しろ、奴は泥棒なのだから。  「冬子様。今日はお夕飯もご一緒に?」  橋倉は、気を取り直して執事の顔に戻った。  「うん」  「それがいい。ゆっくりしていきなさい。ヒカリも喜ぶぞ」  「棚ボタ万歳!」  カゲは、真に受けたままだった。  ウキウキと自室へ向かう。  夜ごと屋敷内を物色せずとも、ジジイが死ねば莫大な遺産が転がり込んでくる。  「天下の胡桃沢だ。すげー額になるだろうな」  ただ待っていればいいのだ。護衛の仕事もそれまでの我慢。このカビ臭い部屋とも、もうすぐおさらばである。  カゲは、埃っぽいソファにゴロリと横になった。  (あれ?)  しかし、すぐに違和感を覚える。  何かが足りないような──。  「うおっ!? 全然トイレに行きたくねえぞ!」  彼は飛び起きた。  「そうか……。そういうことか!」  尿意が来ない。即ち危険が遠いということ。  つまり、始めからこうしておけば良かったのだ。  彼はそう解釈した。  ヒカリと形だけの結婚をして、胡桃沢の財産を相続する。  そうすれば尿意に悩まされることはない。  もう、治ったも同然なのだと──!  
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