ヒカリとカゲの、すれ違い

3/5

19人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
 ヒカリは驚いて立ち上がった。  「あ……」  パリッとしたストライプのロングブラウスに、レギンスを合わせた女性が立っている。  ゆるく髪をまとめた、清潔感のあるひと。  この女性(ひと)が、美亜ちゃんのママ──。  「もうそんな時間? もっとお姉ちゃんと遊びたいよ」  美亜ちゃんが眉をハの字に寄せる。  「あ、もしかしてヒカリさん?」  女性が目を見開いた。  「は、はい」  「娘と主人からよく聞いてます。いつもお世話になってありがとう」  ヒカリがぎこちなく応じると、女性は顔をほころばせた。  ──“主人”。  この人は美亜ちゃんのママで、誠先生の奥さんなのだ。  余裕のある、柔らかな笑顔。  自分が急に子供に思えた。  「いえ、こちらこそ。あの。美亜ちゃんのポケット、とっても素敵ですね。ママの手作りって」  できる限り大人っぽく振る舞う。  目の前の女性(ひと)に、子供だと思われたくなかった。  ヒカリが褒めると、彼女は頬をやや赤らめた。  「独学だから自信はないのだけど。でも、ありがとう」  「独学で? すごいわ。私、お裁縫は苦手で……そうだ!」  ヒカリが大きな声を出したので、彼女は目を丸くする。  「あッ、不躾ですみません。良かったらお裁縫、教えていただけませんか」  こんな大それたことを思いついた理由が分からなかった。  しかも、実際に口に出してしまうなんて。  彼女は目をパチクリさせていたが、やがて大きく頷いた。  「ええ。私で良かったらいつでも」  「わあ、ありがとうございます! 不躾続きなんですけど、お友達を一人呼んでもいいでしょうか……?」  「もちろん。賑やかなのは大好きなの」  予想に反して、彼女はウキウキした様子だ。  「そうね。最初は巾着袋でも作ってみましょうか」  (バカな奴だな、必死で笑いやがって)  数歩離れたところで、カゲは二人の会話を聞いていた。  彼には、ヒカリが作り笑いしているように見えるのだ。  何故わざわざ苦しい道を選ぶのか。  (ま、遺産のためだ。口うるさくすんのは止めとくか)
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加