樫の木と涙

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樫の木と涙

 ヒカリとカゲは、無言で歩いた。  互いに示し合わせるでもなく、二人の足は無人の公園に向いた。  鈍色の雲から、堪え切れなくなったように雨が落ちてくる。  大きな樫の木の下に辿り着いた頃には、既にヒカリの目からも雫がこぼれていた。  「最初っから、そうしとけば良かったんじゃねえか」  意地張らずにさ。  隣で、カゲがそう言った。  「そっか……そうだね」  声に出したら、“泣きそうなもう一人の自分”はいなくなった。  簡単なこと。  ヒカリは、ずっと泣きたかったのだ。  大人みたいに笑ったり、奥さんに張り合おうとしたり、先生の家に突撃したり。  そんなことせずに泣けばよかった。  叶わないって知ったときに。  「すごい遠回りしちゃった」  「だな」  雨も、涙も。  とめどなかった。  奥さんのことを嫌いになれなかった。  当然だ。彼女は真先生が選んだ人で、美亜ちゃんのママなんだもの。  むしろ、あんなに図々しいお願いができたのは。  リラックスして話せたのは。  (少し、ママに似てたな……)  ヒカリは奥さんの中に、母親を重ねていたのかもしれなかった。  買えば何でも手に入るのに、作る手間を惜しまない。  絶え間なく愛情を注いでくれるひと。  奇しくも、ヒカリが両親を喪ったのは美亜ちゃんと同じ年頃だ。  壊そうとするなんて。  手を振り上げるなんて。  できるはずがなかった。  いつしか、ヒカリは声を上げて泣いていた。  カゲは、ただ隣に立っていた。  ポケットに手を突っ込んで、雨を見つめながら。
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