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小降りになってから公園を出た。
屋敷に着くと、橋倉の小言が待っていた。
濡れて帰ってきた、車を呼ばなかった、帰りが遅かった、護衛としてどうなのか──。
「違うの、橋倉。これには事情が」
「うっせーな」
ヒカリが説明しようとすると、カゲが前に出た。
「これくらいの距離で何が車だ、めんどくせー」
カゲが不貞腐れた態度を取れば、橋倉は顔を真っ赤にしてさらなる雷を落とす。
「外で立っとれ!」とどやされて、二つ返事で耳を掘りながら勝手口へ向かう彼と目が合った。
──いいから何も言うな。
と言われている気がした。
ぼんやりする時間。
泣く時間。
カゲは、時間が必要なことを黙って察してくれた。
だから車を呼ばなかったのだ。
ヒカリは、少しだけ彼に申し訳ないなと思った。
勝手口の狭いステップに腰掛けると、カゲは煙草を咥えた。
一旦小降りになった雨は再び勢いをぶり返し、雨よけのテラス屋根からひっきりなしに雫が滴っている。
(……くくく。遺産、遺産)
彼は、ゆっくりと煙を吐き出した。
例の話を、まだ本気にしている泥棒である。
令嬢が医者のことを諦めたので、遺産が一歩近づいたと思っている。
(バカ執事め。俺様をこき使えるのもあと少しだぞ)
いずれ莫大な遺産が手に入るなら、どやされるくらい何ほどのこともない。
遺産を手にした暁には、あのうるさい執事を馬車馬のように働かせてやる。
カゲはほくそ笑んだ。
彼がご機嫌な理由は他にもある。
(尿意を気にしない生活。快適……!)
特に雨の日は、足元から冷えるから大変だったのだ。
「くくく。あーはっはっは!」
「やかましい!」
すぐに橋倉の声が飛んできたが、彼はしばらく笑いが止まらなかった。
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