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「あ、ヒカリちゃんも来てたんだぁ」
女性が親しげに笑った。
彼女は胡桃沢冬子という。ヒカリの叔母に当たる人物で、不慮の事故で亡くなった父親の妹だ。
叔母といっても、彼女はまだ二十代半ばの大学院生。
金髪のボブヘアにギャル系の服装で、ヒカリの姉といっても良いくらいである。
黒髪ロングのヒカリとは随分見た目が違うが、勝ち気に光る大きな瞳は間違いなく胡桃沢の系統であった。
現在は、春平が所有する高級マンションで一人暮らしだ(護衛付き)。
「私って頭痛持ちじゃん? 通院がホント面倒だったんだけどぉ、代替わりしたのが超嬉しくてー」
「誠先生、カッコいいもんね」
「ね!」
盛り上がる叔母と姪である。
ひとしきり喋った後、冬子はヒカリの背後に目を遣った。
「それにしても相変わらず面白いねー。ヒカリちゃんの護衛」
切れ長の目は死んだ魚のよう、口角は地面に落ちる勢い。
カゲは、不機嫌を全面に押し出して妙なステップを踏んでいた。
(クソが! 女はうるせぇし床も壁も白すぎる!)
膀胱が暴れる。
解放されたいのだと叫ぶ。
奇妙なステップは、尿意を紛らすための生命線だ。
ステップを止めたとき、彼は終わりを迎える。
とにかくトイレが近すぎるのだ。
この状態では盗みをはたらく気力も湧かない。
クリニックにトイレはある。
行けばいいのに、彼は行かない。
トイレに関して異常ともいえるコンプレックスを持つために、人目のある場所でトイレに入りたくないのだ。
(行ったら多分止まらない! 何度も出入りしたら変だと思われるし……!)
病院の中待合でステップを踏んでいる方がよほど変である。
それはさておき。
「それじゃ。私も外に護衛くん待たせてるから。また屋敷の方にも寄るわ」
冬子はヒカリと手を振り合い、「では失礼」と姫華にも軽く挨拶した。
姫華はスンとして目礼だけ返す。胡桃沢の関係者と打ち解けてたまるかといった様子だ。
冬子は肩をすくめて出ていった。
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