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北白河は少し考えてから、「ああ、でも」と頭を抱える。
彼は、検査そのもののことじゃなくてねと前置きして、
「いささか説明不足だったかもしれない。実は、あの日は早く帰る約束をしていて……美亜に寂しい思いをさせていたから」
顔を上げてさらに続けた。
「記号のこと、胡桃沢様は気にされていなかったかい? 忙しすぎて用紙に凡例を載せるのも忘れてしまってね」
「ま、その辺は俺が上手く伝えといてやるさ」
カゲが親指を立てると、北白河は安心した顔で礼を述べた。
「その代わりと言っちゃなんだが」
揉み手で医者に擦り寄る。
「──」
「ああ、それくらいお安い御用だよ」
♡
ヒカリたちがクリニックを出るのと入れ違いに、患者が増え始めた。
いつもの道を歩く。
こんもり緑を背負った公園も通り過ぎる。
ヒカリの顔は、いつになくスッキリしているように見えた。
ああ良かった、とカゲは思う。
この尿意レベルなら、帰ってすぐトイレに行けば充分間に合う。
ヒカリの通院はこれで一段落、当分クリニックに来ることはない。
彼の膀胱もしばらくは平和だろうと思われた。しかし。
「おーい! この前のセレブの人ーっ!」
小型車の窓から、先日の業者が手を振っている。
「あら。彼は」
「ぐぎっ! 来ちゃったあぁ……」
カゲが内股で電柱にもたれている間に、業者の彼が走り寄ってきた。
「先日は、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでしたぁっ!」
彼はキャップを取って深々と頭を下げる。
「いいんです。あの、顔を上げてくださ、い──」
ヒカリの動きが止まった。
キャップを取った業者の彼は、アイドルと見紛うほど整った顔面だったのである。
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