北白河クリニックに集う人々

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 「お待たせ致しました、冷泉(れいぜい)様」  扉が細く開き、ナースが呼びにくる。  「はいッ。お願いしまぁす♡」  姫華は、ヒカリが聞いたことのないような声を上げて診察室に吸い込まれていった。  ♡  「誠先生、今日も素敵だったな」  暮れかかった空を仰いで、ヒカリは大きく息を吸い込んだ。  屋敷までそう遠くないので、いつも徒歩通院である。  診察時間は短いものだが、北白河の優しさに触れると明日への力が湧いてくる。  しつこかった喉の痛みも引いてきた。  (先生が処方してくれる薬なんだから効いて当たり前だけど、通院する理由がなくなっちゃうわね)  複雑なヒカリお嬢様である。  「なあ」  カゲは、歩きながらポケットに手を突っ込んだ。  「あの医者、やべぇ奴かもしんねえぞ」  「もう。いつまで僻んでるのよ」  「いや、ちょっと胸騒ぎがな」  騒ぐのは、胸ではなく膀胱である。  彼の尿意は危険を知らせるセンサーでもあるのだ。  これほどの尿意が通院の度に、というのは(いささ)か不可解であった。  以前、ヒカリが教育実習のピアノ男子に夢中になった時。  あの時も、カゲは強烈な尿意に襲われた。  その後、ピアノ男子のショッキングな秘密が明らかとなり、ヒカリは寝込んでしまった──。  その方式でいくと、北白河医師にも同等の危険が潜んでいると考えられる。  「のめり込むと痛い目見るぜー」  カゲの事情を知らないヒカリは、この忠告を華麗にスルー。  カゲったら、カッコいい誠先生を妬んでいるんだわと思った。  細い道を挟んで、こんもりと緑に囲まれた公園がある。  子供たちが自転車にまたがって帰っていく。  まだ幼そうな女の子はとても不機嫌そうだ。遊び足りないのかもしれない。  カゲと並んで何気なく見ていると、  「おーい、ヒカリ」  「あ、おじいちゃん!」  ジャージ姿の当主・胡桃沢春平が軽快に駆けてきた。傍には護衛の鈴木さんが控えている。  「ジョギングのついでに迎えにきたぞ」  七十を手前にしてなお『財界の鉄人』と称される活力は、日々の健康づくりの賜物である……のだが。  春平が突然、苦しげに地面に膝をついた。  「旦那様!」  「おじいちゃん!?」  
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